小説 | ナノ


私の頬に添えられた手を叩き落すと、パシンという乾いた音がした。
そして目の前の人物を鋭く睨み付ける。
すると、この人物は悲しげに瞳を揺らしていた。
置いてかれたような、迷子の様な眼。
最初の頃は何度この眼に騙されたことか。

騙されてはいけない。
この眼の前の少年は、私が何故怒っているかなど解っていないのだから。
ただ私に拒絶された事が哀しいだけ。
私が怒っている理由を理解できていたら、もっと別のリアクションがあったはずだ。

「ナマエ…」

目の前の少年、ジョルノが哀しげな声色で私の名を呼んだ。
その手が再び私の方へ伸びてくる。
今度は叩き落とすことはせず、身を引いて躱した。

「やめて、触らないで」

そう言うと、ジョルノは更に哀しげな顔をした。
今にも涙が溢れそうな眼だ。
この眼に騙されてはいけない。
だって彼は私が何故怒っているか解っていないのだから。
ただ私が自分を拒絶するのが哀しいだけなんだ。

いつかジョルノから逃げようかという気持ちが芽生えた日。
その気持ちを目ざとく察したジョルノはその翌日に私を軟禁した。
いつの間に用意したのか判らない部屋。
外界とは丸っきり遮断された一室だ。
何故か扉と窓には茨が這っていて出ることができない。

一度だけ、その茨をどうにかして脱出しようとした事がある。
刃物がなかったから手に布をグルグル巻きにして茨を引きちぎろうとした。
そしたら茨ではなく私が重傷を負うことになった。
帰ってきたジョルノに泣きながら怒られた。
そんな事があったから私は未だこの部屋から出れないでいる。

「ナマエ、どうして怒っているんですか」

「貴方が私を軟禁するから」

「だってこうでもしないと貴女は僕から離れてしまうでしょう?」

違う、そうじゃない。
私は貴方の束縛が激しいから逃げたいのよ。
ただ過剰な束縛を止めてくれれば逃げやしないわ。
たったそれだけなのに何故それに気づかずに軟禁するのよ。
言葉で訴えた所で伝わりはしない。
それはとっくの昔に実証済みだ。
だから逃げるしかないじゃない。

「…このままじゃ、貴方を嫌いになるわ」

そう言うとジョルノは眼を見開いた。
次第にその表情は心底哀しそうな顔に変わる。

「……それでも良い、貴女が此処に居てくれるのなら」

その言葉に今度は私が眼を見開く番だった。
この子はもう手遅れかもしれない。
だけど…ジョルノをこんなふうにしてしまったのは私自身なのだろうか。
そんなこと、今の私には判りっこなかった。


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