晴れて良かった、とペパーは窓の外を見ながら寝起きでぼんやりとした思考のまま、そう思った。
今日は久々にアオイとネモとボタン、そしてナマエの五人でピクニックに出かける約束をしている。
ナマエと恋人同士になってから初めての五人一緒の外出にペパーは少し心が躍っていた。
以前五人でピクニックに出かけた時はナマエと気まずい関係の時だったため無理もないだろう。
そんな相棒の気持ちの高揚を感じたのか、マフィティフも「ばうっ」と元気に鳴き声をあげた。
「おっ、マフィティフも起きたかー! んじゃ、朝メシにしような」
「朝メシ」という単語に反応し、ゆるゆると左右に動くマフィティフの尻尾を見て、ペパーは笑みを深くした。
――ああ、楽しみだな。
そう考えながらそわそわと落ち着かない気持ちで支度を済ませ、待ち合わせ時間まで余裕があるうちにペパーは部屋を出た。
しかし、そんな心踊る気分はすぐに打ち砕かれることになる。
待ち合わせ場所にはペパーが一番に辿り着き、その次にネモ、アオイと続き、ボタンも着いたというのにナマエが一向に現れない。
何かあったのかとペパーの中に不安が芽生え始めた時、全員のスマホロトムから通知音が鳴った。
それは五人のグループメッセージの通知で、送信者はナマエだった。
メッセージには連絡が遅れたことの謝罪と体調を崩して行けなくなってしまったという旨が記されていた。
「ナマエ、体調崩しちゃったんだ……」
ポツリとアオイが心配そうな声色で呟いた。
それに対してボタンが「どうする?」と返した。
そもそも今日のピクニックはペパーとナマエが仲直りできたお祝いの為にアオイ達が企画したもので、ナマエ本人がいなければ意味がない。
なのでこのまま四人だけで、というのも気が乗らなかった。
「じゃあ、みんなでナマエのお見舞いに行かない?」
ネモの提案にアオイとボタンが乗る。
お見舞いに何か買って行こうか、とアオイ達が話していると、今まで黙り込んでいたペパーが口を開いた。
「なあ、その……見舞い、オレ一人で行くわ」
ペパーの言葉に三人は「なんで?」と言うように眼を瞬かせた。
三人の様子にペパーは慌てて弁明するように言葉を続ける。
「ほら、体調わるい時に大勢で押しかけんのも良くねえだろ?」
「まあ、確かに」
ペパーの言葉にボタンが頷く。
確かに大勢で行くよりは誰か一人の方がナマエも気を遣わないかもしれない。
じゃあ誰が行くか、となったら恋人であるペパーが無難だろう。
アオイ達も納得し、お見舞いの品だけ皆で買って後はペパーに任せようと話が決まった。
*
アオイ達とお見舞いの品を選んだ後、ペパーは一旦自室へと戻った。
ナマエに栄養満点のスープを作って持って行ってやるためだ。
スープを煮込んでいる間にナマエへと「体調はどうだ?」とメッセージを送信すると、少し間を置いてから「良くなってきたよ」と返信がきた。
回復してきてるなら良かったと少し安心しながら、今から様子を見に行く旨を送信すると、出来上がったスープを水筒に移した。
アオイ達の見舞いの品が入った紙袋と水筒を持ち、ペパーはナマエの部屋へと向かった。
ナマエの部屋に着き、ペパーが扉をノックすると少し間を置いてから扉が開かれた。
しかし、扉を開けた人物を見てペパーは眼を見開いた。
「えっ、あれ……? ペパーくん?」
扉を開けたのは当然ナマエなのだが、その様子は「良くなってきた」状態とはあまりにもかけ離れており、今にも倒れてしまうんじゃないかと錯覚するほどだった。
「良くなってないじゃねえか! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……えっ、どうして……?」
どうやらナマエはペパーからのメッセージを確認していなかったらしい。
突然現れた恋人の存在に混乱状態に陥ったナマエは、ふらりと身体を傾けさせた。
咄嗟にペパーが片腕で受け止める。
「ほら、そのままオレに寄っ掛かって。 ベッドまで歩けるか?」
「う、うん……」
自身に寄り掛かるナマエを支えながらペパーはゆっくりとベッドまでナマエを連れて行く。
「座れるか?」
「ん……」
ベッドまで辿り着くと、ペパーはゆっくりとナマエを座らせた。
「横になるか?」とペパーが聞くとナマエは小さく首を横に振った。
「そういや、イーブイは?」
「ボールの中……あの子、心配性だから……」
相棒ポケモンにまで気を遣っているのかよ、と出て来そうになった言葉をペパーはグッと堪えた。
体調が悪い時ほど周りに気を遣ってしまう気持ちはペパーにも覚えがあった。
幼い頃に体調を崩した時、心配そうに自分に寄り添うマフィティフ(当時はオラチフだったが)に大丈夫だと気丈に振舞ってみせたり、家を空けている母親に体調を崩したとメールを送ろうかと考えた時もあったが結局送らなかった。
手が掛かるだとか仕事の邪魔だとか、そんなふうに思われでもして嫌われたくなかったからだ。
自身と理由は違うかもしれないが、ナマエにも何か理由があるのだとペパーは自己完結した。
「これ、アオイ達から見舞い。 フルーツ缶とかジュースとか……食欲は?」
「空いた、かも……」
「そっか。 栄養満点のスープも作ってきたからさ、ゆっくりで良いから食べような」
そう言うとペパーはキッチンの方へ移動して、カウンターの上に紙袋と水筒を置いた。
ペパーの「食器借りるなー」と言う声を聞きながらナマエはポスン、とベッドに倒れ込む。
――まさか、お見舞いに来てくれるなんて。
そう考えると同時にナマエの心臓は強く脈打ち、嬉しさからジワリと目尻に涙が浮かんでしまう。
ペパーに涙を浮かべているのがバレないようにナマエが慌てて目尻を擦ると、ペパーに名前を呼ばれる。
「起きれそうか?」
「ん……」
ペパーに支えられながら身体を起こすとナマエはスン、と鼻を鳴らした。
「美味しそうな匂い……」
「へへっ、オレ特製栄養満点スープだぜ」
そう言うとペパーはカウンターからスープカップとパックのジュースをトレイに乗せて持ってきた。
そしてナマエの横に座り、トレイを側に置く。
スープカップとスプーンを持ってナマエに手渡す――かと思いきや、ペパーは全く別の行動に出た。
「ほら、あーん」
「へ?」
予想してなかったペパーの行動にナマエはポカンと口を開けた。
ナマエが呆然としているのに気づいていないのか、ペパーは「そんなちっちゃい口じゃ食えねえだろー?」と笑った。
「ペ、ペパーくん……?」
「ほーら、冷めちまうぞ」
「う、うん」
熱で頭が働かない事もあり、ナマエはペパーに押し切られる形でおずおずと口を開いた。
スプーンがゆっくりとナマエの口へと近づく。
パク、と食らいつくと野菜の甘みがじわりと口に広がり、ナマエは思わず顔を緩めて「おいしい」と呟いた。
ナマエの言葉に気を良くしたペパーは少し照れくさそうに笑うと、再びスープを掬ってナマエの口元へと運ぶ。
そうやって繰り返していると、あっという間にナマエはスープを完食した。
「ごちそうさまでした」
少し気分が良くなったのか先程よりもナマエの顔色が良くなったのを見て、ペパーは安心したように顔を綻ばせながら「ちゃんと食べれて偉いな」と口にした。
体調を崩しているせいかいつもとは違ってどこか子ども扱いをされている気がしてナマエは少し気恥ずかしさを感じながらも、懐かしい気持ちになった。
幼い頃に体調を崩した時は両親や兄弟がこうやって看病してくれた。
今でこそ実家を出て寮暮らしな上にすっかり成長したため、こんなふうにあからさまに子ども扱いされることはなくなったが、長らく帰省していないナマエは懐かしさからまた眼に涙が浮かびそうになっていた。
「……あのね、ペパーくん」
「んー?」
ペパーが食器をシンクへと持って行こうとするとナマエに呼ばれ、ペパーは振り返った。
「本当はね、少し心細かったの。 だからペパーくんが来てくれて凄く嬉しい」
ありがとう、と言いながら照れくさそうに手で口を覆いながら笑うナマエを見て、ペパーは一瞬動きを止めたかと思うと、すぐに明るく笑みを浮かべた。
「またなんかあったら、すぐに頼ってくれよ」
「ふふっ、そうするね」
穏やかに笑みを返すナマエを見てペパーは更に笑みを深めた。
(ああ、良かったな)
――一人で見舞いに来て。
きっと全員で見舞いに来てたらこうはならなかっただろうと、ペパーは内心思った。
アオイ達とお見舞いに来なかったのにはナマエが気を遣うから、という理由の他にももう一つあった。
それはナマエに頼られたい。
そして彼女が頼る相手は自分だけが良い、というものだった。
それはペパーの中にある小さな独占欲だ。
ペパーの思惑通り、ナマエはきっと次からは真っ先にペパーを頼ってくれることだろう。
ペパーの独占欲など一つも知らず、ただの恋人の優しさだと信じきってペパーの元へ来るのだろう。
(ホント、良かったな)
心が満たされるのを感じながら、ペパーは使い終わった食器を洗い始めるのだった。