豪炎寺くん家は私の家とは逆方向にある大きなマンションだった。いわゆる高級マンションというやつだ。
無言でエレベーターに乗る。豪炎寺くんとはここまで何も言葉を交わしていない。そのためエレベーターの扉が開く音がやけにうるさく感じた。
私は豪炎寺くんを追った。少し歩いたところで、豪炎寺くんは立ち止まり鍵を鍵穴に差してドアを開いた。
何も言わずして豪炎寺くんは家の中に入っていく。私は一応「お邪魔します」と言って中に入った。私が靴を脱いでいる時、豪炎寺くんが鍵を閉めた。玄関は広くて綺麗だった。飾ってある花瓶には百合が刺さっている。仄かでいい香りが私まで届いた。私は靴を揃えて家に上がった。
そのまま豪炎寺くんの後を着いていくと、これまた綺麗なリビングダイニングを通りすぎてある部屋までたどり着いた。それにしてもどこもきっちり整理されてるなぁ。その部屋には参考書がいっぱい積まれている勉強机やわりと質素なベッド、それとネットに入れられたサッカーボールが壁に掛けてあった。ここは豪炎寺くんの部屋なのだと私は確信した。


「座れ」


豪炎寺くんに机の椅子を差し出された。私は「ありがとう」と言い座った。豪炎寺くんはベッドに腰掛けている。
それから暫しの沈黙。私は緊張感で押し潰されそうだった。そんな重苦しい沈黙を破ったのは、豪炎寺くんだった。


「ちょっと後ろ向いててくれないか」


ん?それはどういうこと?私は豪炎寺くんの真意を確かめようと、今まで下げていた視線を上げた。すると、豪炎寺くんはとても暗く不安そうな顔をしていた。眉を下げ目線を落とし、唇は震えている。私は心がぎゅっと締め付けられたような気がした。そう感じると反射的に私は椅子をくるりと反転させて後ろを向いていた。背中に「ありがとう」と言葉が当たったが、やけに重たく響いたのはなんでなんだろう。私がそれを知ることになるのは、それから約十分後の事である。



カチャカチャ、とかそんなような何かの音が止むと、豪炎寺くんが「もう、こっち向いていい」と声をかけてきた。またもや声は低く震えていた。胸が騒つきながらも私は言われた通り、椅子をくるっと回し豪炎寺くんに向き直った。



すると、全然知らない子が、豪炎寺くんがいたはずのところに座っていた。
一言でいうと、綺麗な子。大きな目の目力は半端ないし、長いまつげをバサバサとしばたたかせ唇はグロスか何かでぷるぷるだ。髪は色素の薄い白いサラサラショートボブ。
ん?白い髪……?


「まさか……?」
「俺だ」


声はそのまんま豪炎寺くん。上着はベッドの上に放ってあり、Yシャツだけになっているが下は学ランの黒のズボンだった。私は目の前の現実を受け入れられずに、頭がぐわんぐわんと揺れているような感覚に陥った。まさか、こんな事が本当に……。できれば私の勘違いのままであってほしかったよ……。
椅子から転がり落ちそうなほどショックを受けていると、豪炎寺くんが何かふざけた事を言い始めた。


「人生相談があるんだ」


「はい?」「……人生相談」私が思わず聞き返すと、豪炎寺くんは顔を反らしてまた言う。人生相談、って?私が豪炎寺くんの人生に助言?ないない。豪炎寺くんなんてこの世に生まれた時から欠点なんて無いし。………。あったよ。欠点。見つけちゃったよ。私は目を細めてどこか遠くを見た。


「のってくれるか、人生相談」
「えっ……、いやぁ」
「だめ、か?」


そう言って豪炎寺くんが上目遣いで見つめてくる。不覚にも心臓が跳ねた。いつものかっこいい豪炎寺くんに抱き抱えられたあの時とは、全く違う気持ちだった。例えて言えば、可愛い女子にときめいた初な男子のような気持ちだ。私は胸を押さえた。心臓の鼓動が鳴り止まない。
なんだ、これ。


「俺、このままだと……」


豪炎寺くんも私同様胸を押さえた。両手で押さえるその姿はいつもより小さく頼りなく見えて、私よりずっと女の子らしく見えた。
豪炎寺くんが言葉を継ぐ。


「自分が自分でなくなってしまう」


それから、「自分がどこかにいってしまう」「自分が消えていく」「自分が分裂してしまう」爆発的に豪炎寺くんは言った。私は何も言えず、ただただ乱心する豪炎寺くんを見ているしかなかった。
しかし、豪炎寺くんの目からポロリと涙が零れた時、私の中で何かが動いた気がした。


「私、人生相談、乗るよ!」


勝手に口と体が動いた。自分でもよくわからないまま言った台詞に困惑しながらも、私は椅子から立ち上がって男らしく胸を叩いていた。



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