あの爆弾発言を聞いてから早一週間。
真相は明らかになったものの、今度はそのことで頭を悩ませていた。
あの時、豪炎寺くんがああいった後、気まずい空気が流れたのは言うまでもないだろう。
あの空白の数分間。
豪炎寺くんの真意もよくわからないまま私は本能的に引いていたのだ。
その後私は豪炎寺くんのハンカチで涙を拭いて、豪炎寺くんと別れた。

しかし「これは俺のだ」って、本当に本当のことなんだよね?えっ?
未だに動揺が隠し切れない。
あれは豪炎寺くんの冗談なんだ、と思いたいが豪炎寺くんは冗談なんか言うキャラではないと思うんだ。
ということは、本当にあの口紅は豪炎寺くんの……?

そう考えつくと、頭に電撃が走った。
……口に出していいものではないことである。
だから、心の声のボリュームを最小にして言うね。
心臓の悪い方は注意してね。



あの豪炎寺くんが、お化粧をするんじゃないかな。



自分で言って肌が粟立った。
まさかとは思うけどね。
でも、だって「俺の」ってそういうことでしょ!?
豪炎寺くんがあのピンクの口紅を……、ひぃ〜!
想像してしまった自分を悔やんだ。考えただけで恐ろしかった。
いくらなんでもあの超絶イケメンでも、ない。ありえない。

そんなような考えがこの一週間に堂々巡りしていたってわけ。
だからもう豪炎寺くんとは極力接触を避けたいと考えているのだけれど、これがなぁ……。
そう、私は未だ豪炎寺くんの濃紺のハンカチを借りたままだったのだ。
いつでも渡す準備は出来てるんだけど、いかんせん心の準備が出来ない。
真一に頼むという手もあったけど、なんで私が豪炎寺くんのハンカチを持っているのかと問われそうだったので、その計画はあえなく没に。
そうして一週間が経ってしまった。
もう七回もアイロンをかけた。
もう今日こそは返したい、絶対に。
一週間も借りたままなんて本当に失礼にもほどがあるし。

だから、今日はとっておきの秘策を用意しておいた。
昨日寝ずに考え込んで編み出した方法だ。
とはいってもお粗末なものだけどね。
こんなことに一週間も費やしてしまった。
私は、この一件でやっぱりかなり動揺しているみたいだ。

まあ、それも今日でおしまいなのでよしとしよう。

意を決して私は、ブツ(ハンカチ)が入っている純白の可愛らしめ封筒を持って豪炎寺くんのクラスに向かった。

今学校に残っているのは、部活をやってる人くらいだろう。だってもう六時だもの。
だからん普通教室にはもちろん誰もいないはずだ。
ここまで待ち続けた私を誰か褒めていただきたい。
そんなことを思いつつ、私は豪炎寺くんのクラスの扉をゆっくりと開けた。

やっぱり、ほら、誰もいなかった。

内心心配だった私はホッと胸を撫で下ろした。誰もいなくてよかった〜。
えーと、確かこの窓側の前から二番目の席だったな。
私が口紅の持ち主探しをしていた時の、あの豪炎寺くんの様子が忘れられなかったから私は席を覚えていたのだった。
その時の私はまさか豪炎寺くんが持ち主なんてことは全く頭になかったなあ。
思えば、豪炎寺くんが持ち主だということはいろいろと辻褄が合う。
サッカー部の部室でぶつかった時に豪炎寺くんが口紅を落とし、それを探していた豪炎寺くんとまた鉢合わせして……、あれ?
今まさに役に立とうとしている、持ち主捜索中の豪炎寺くんの様子はなんなんだ?
あの時、豪炎寺くんは震えていた。
多分「拾われた!どうしよう」っていう震えだと私は推定したんだけど、それだとなんで部室に探しにいったんだ?
うーん……、豪炎寺くんも現実逃避とかするのかな?
まあいいや!
早くこれを返して楽になろう!

私は、豪炎寺くんの席の椅子を引いて机の中にブツの入った封筒を入れようとした。

その時だった。

扉がガラリと開かれる音がした。それは悪魔が奏でるメロディーのように感じた。
瞬間的に私の心臓が一跳ねして、そのせいで手元が狂い封筒を床に落としてしまった。
私が扉の方に顔を向けるとほぼ同時に、そこに立ち尽くしていた人物が口を開いた。

「何してるんだ?」

「ご、豪炎寺くん……!」

一番見られたくない人に見られた。なんでよりによって豪炎寺くんが来るんだ!部活のはずじゃないの!?
私の頬に冷や汗が流れた。

ああ!もうこうなったら直接渡すしかない!

私は床に落ちた封筒を拾ってブツを取り出し、腹を括って豪炎寺くんの方に駆けよった。

「これ返しそびれててごめんなさいありがとう」

早口で一気に私は言った。
目を合わさずに豪炎寺くんがハンカチを受け取ってくれた手元だけを確認してから「じゃあ」と最後に告げると、早足で逃げた。
……しかし、数歩踏み出したところで右手首をガシッと捕まれてしまった。
私はそこに目を向けた。
ひどく冷たい豪炎寺くんの手が私の手首を白くするほど強く握っていた。
引っ張って振りほどこうとしてもびくともしない。

「待ってくれ」

なんだっていうんだ!
もう私と豪炎寺くんの繋がりはないよ!
私は最早怒りに近い感情を込めた視線を、振り向いて豪炎寺くんに送ってみると、豪炎寺くんが真剣な目で私を見ていることに気がついた。
濁りひとつ無いその瞳に、私もまっさらとした心になってしまった。

「あの、今日家に誰もいないんだ」

その豪炎寺くんの言葉を聞くと、とんでもなく嫌な予感がした。
そして大体そういうのは当たるもので。

「家に来てくれないか」

突如、心がピンク色になった気がした。
呆然と豪炎寺くんの整った顔を見ていると、また畳み掛けてこう続けた。

「いや、家に来い」

もう命令じゃん。強迫じゃん。

私は豪炎寺くんの学ランの黒くて大きな背中を追わなくてはならなくなった。



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