今日とんでもなく奇抜な風貌をした男が転校してきた。
それは一度見たら忘れられないほどのものだったから、おかげで新しく名前を覚える必要はなかった。
二度目まして。

その学ランに身をつつみ教卓の隣で腕を組んでいる少年が、帝国学園元キャプテン、鬼道有人である。

私としては、ゴーグルドレッドマント、鬼道有人っていう肩書きの方がいいと思うけどね。

隣の真一が鬼道有人くんに手を振っている。
それに鬼道くんは口角を釣り上げて笑った。
それはあの帝国学園との試合を彷彿とさせた。
最初はあんなに力の差があったのに、勝ったんだもんなぁ。
いつのまに強くなったんだろうね、雷門は。
真一も皆もきっと血の滲むような特訓をしたんだろう。
それを想像してみたら胸が自然と熱くなった。

あの豪炎寺くんも特訓とかするのかな。
豪炎寺くんといえば、あの口紅の事は以後真一にも誰にも話していない。
真一に豪炎寺くんの妹さんのこと聞いてみようかな。
きっと可愛いんだろうなあ。

ボーッと意識をどこかへ飛ばしていると、隣で椅子を引く音がした。
左側の真一ではない、右側の方で。
チラリとそちらへ目を向けるとなぜか鬼道くんが隣の席に座っていた。
どうやら隣の子が他の席に移動して、新しくそこに席を作ったようだ。
なんでまた私の隣なんだ……。
それにしてもやっぱりすごいゴーグルだな……。
じっと見ていたら目が合ってしまって、慌てて反らした。
俯いた私は机とにらめっこ。
両隣から真一と鬼道くんの笑い声が聞こえた。
なんか悔しい。





今日一日を過ごして思うこと。
疲れた。
なんでかって?
隣の鬼道有人くんが教科書無いからっていうから、私は転校してきたばかりだからしょうがないね、と思って心良く机をくっつけて教科書を見せてあげてたんだけどさ。
鬼道くんのあの高圧的な態度はなんなんだろうね。
ありがとうのひとつもないし、こちらとしても神経つかうし!
手に負えないよ!

むしゃくしゃして机に突っ伏した。
全く、やっかいな奴が転校してきたもんだ!
でも真一が言うには、この間の鬼道くんが雷門に飛び入り参加した試合では、驚くような活躍をして雷門を勝利に導いたらしいから思い切り憎めないのがまた悔しい。

くそう!

こんな時、あの豪炎寺くんがあの時のような微笑みを投げ掛けながら慰めてくれないかなあ。
そんなふうに心の中で思っていたら、誰かに頭をぽん、と叩かれた。
もう教室には誰もいなかったと思うけど……。
えっ、ちょっと怖くなってきた。
だから私は顔を上げずに机に突っ伏したままたぬき寝入りを決め込もうとした。
幽霊とか本当マジで勘弁してよね。
そうしていると、また頭を叩かれた。今度はパシッと可愛くない音を立てて。
わりと痛い。
でも私は怖くてまだ顔を上げられないでいた。
しかし、次に飛んできた言葉にすぐに私は頭をあげて反論することになる。

「おい……、もしかして死んでるのか?」

「生きとるわい!」

私の頭を叩いていたのは鬼道くんだった。
私は今日一日の不満をぶちまけるように叫んだ。
きっと今私の顔は怒りに満ち溢れて真っ赤になっているだろう。
なのに鬼道くんは平然と腕組みをして私の席の隣に立っていた。
微かに笑みを浮かべているのがさらに腹立だしい。

「何か用?」

「今日はお前のおかげで助かった、ありがとう」

つっけんどんな態度をとった私だったのに、そんな言葉を聞いて盛大に拍子抜けした。
なんだ……、そういうこと言えるんじゃん。

「俺はお前に借りを作ってしまった」

「いいよ、別にそんなこと」

「そこでだ、お前の願いを一つ叶えてやろう」

私の言葉なんて耳に入っていないみたいに、鬼道くんは勝手に話を進めてなんか魔法のランプから出てきた魔神のような台詞を口にした。
上から目線な態度は変わってないけれど、不思議とさっきよりは腹は立たなかった。

というか、願いって言われてもなぁ……。
ずいぶんと大きく出たもんだ。

私はうーん、と頭を捻った。
教科書見せたくらいだもん、別に借りを返すなんてものじゃないのに……。
あ、そうだ。
ぴったりなのがあるじゃないか。
私はそう思ってこう切り出した。

「じゃあさ、豪炎寺くんの妹さんのこと教えてよ!」

それくらいのことだったら教科書と釣り合うだろう。
それに最近仲間になったばかりな鬼道くんだけど、鬼道くんなら知ってると直感的に思ったから。
だから私は気楽に鬼道くんの回答を待ったのだけど、なかなか鬼道くんは口を開かなかった。
しばらくの間、静寂が流れる。
待ちきれずに私はそれを破った。

「あれ?願い叶えてくれるんじゃなかったの?そんなに難しいもんじゃないと思うけど」

「………」

鬼道くんは変わらず黙りを決め込んでいだ。
そうする意味が私にはわからなかった。
さっきまでの饒舌ぶりと威圧的な態度はどこへやら。
鬼道くんは眉を下げて俯いていて哀しげな表情をしていた。

「鬼道くん?」

私は心配だというニュアンスを込めて名前を呼ぶと、鬼道くんは重々しく口を開いて、話し始めた。

「……豪炎寺の妹は、一年前交通事故に遭い、今は病院で昏睡状態に陥っている」

それを聞いた私は言葉が出なかった。
真っ先に悲しいと思った。
そんなことを聞いてしまった自分が憎い。

鬼道くんと同じように床に視線を落とした。
鬼道くんが言いづらそうにしていた訳がわかった。
誰でもこうなるよ。

空気がどんよりと重苦しくなる。
鬼道くんは別れの挨拶を告げて教室を去っていった。

私は再び机に突っ伏した。

豪炎寺くんの妹さんがまさかそんな状態だったなんて。
あまりにも悲しい。

それからもう一つ思ったことがある。
気づいたことと言った方が正しいだろうか。

あの口紅はどうなるんだろう。

妹さんはこの学校にはいない。
もしかして、妹が二人いるのかな?
でも、鬼道くんはそんな口振りではなかった。
大事な大事なたった一人の妹が事故に遭ってしまった……、と私は感じた。
とすると、豪炎寺くんは、嘘を吐いたことになる。
でも豪炎寺くんがそんな嘘を吐く意味がどこにあるだろう?
そう考えても私にわかる訳がなかった。
なにより悲しくてしかたがなかった。



prev top next