私の名前は名字名前。

自分でいうのもなんだけど、実に平凡な中学生である。
趣味も特技もこれといって無いし、成績だっていつも平均点前後。
無論、部活にも入っていない。
ズバリ普通の二文字で全てが片付くつまらない女だ。
しかも、残念なことに外見までもが普通で目も大きくないし鼻も高くない、口元も規定におさまっているという感じだ。
平均的な日本人顔ってやつ。

道端に停まっていたバイクのミラーが私の顔を一瞬映した。

まあ、十四年もこの顔で過ごしてきているわけだから別に気にはしてないけど。
……気にしてないけど。

そんな思いだか悩みだかを抱え、今日も幼なじみの家へと向かう。
あいつの家は近いし、私の通学路の途中にあるから一緒に登校しているのだ。
といっても最近は朝練が多いので、週の半分かそれ以下くらいの頻度だった。
ちょっぴり寂しかったりするのだけど、私がそれを口にすることははっきりいってないに等しい。
意地悪ってわけじゃなくて、言わなくても伝わる関係だと私は勝手に思ってるんだ。

あ、玄関先にあいつが立ってる。
今日はどうやら朝練はないらしい。
朝練が月水金とか火木金とか決まっていたらいいのに、毎週毎週予定が微妙に変わるから毎日毎日ここを通る時、妙にどきどきしてしまう。
別にあいつがいたらいいのになんてことは思ってはいないけど。
……思ってないけど、いたら、まぁ、そこそこ嬉しいかな。

「おはよう、真一」

「はよー」

中途半端に手を振るこの少年が私の幼なじみ、半田真一。
真一は私と同じように平凡だ。
いや、平凡と一言でいってしまうのはたとえ真一といえどそれはあまりにも可哀想か。
私がそう思ったのには理由がある。

真一にはサッカーがあるからだ。
毎日ボールを楽しそうに、時には苦しそうに追いかけている。
真一はサッカーが本当に大好きなんだ。
小さい頃から私はその姿を見ているからよくわかってる。
だからか、真一は人一倍努力しているように思える。
それに……
(えーっと、これは私がいうには失礼にもほどがあるけど幼なじみということに免じて許してもらおう。)
真一には才能がないから。
飛び抜けた必殺技もなければ相手を震え上がらせる鋭い眼光もない。
それでもサッカー部の一員として頑張っている、そんな影の努力家、真一はあくびしながら気の抜けた声を出した。

「まじねみー」

「私もねむいー」

とりとめのないどうでもいい近況報告をしながら私達は歩き出した。

ふと、なんの変哲もない真一の茶色い髪がいつもと違うことに気がついた。
真一の後頭部左側に髪の束が思い切り外にはねているのだ。
私は口元に悪い笑みをためながら言った。

「いいじゃん、今日」

「はぁ、なにが」

「寝癖ついてて、個性あんね」

「うわっまじか!てかそれいつもの俺が無個性だって言いたいのかよ!」

真一はひとしきり文句を言いながら頭の後ろに手をやると「まじだ……」とかなんとか言ってへこんでいた。

私はいいと思うよ。
いつものTHEモブって感じからどうにか脱却できたみたいだから。
私が言えたことじゃないんだけどさ。

「くっそー、お前だってふっつーじゃんか!特徴ねぇじゃん!」

ほら、言われたでしょ?
とまぁ、いわゆる似た者同士ってやつ。
小さい頃から一緒に居たせいかな。
幼稚園から今まで、ずっとクラス同じな腐れ縁なわけだし。
一体私が真一に影響されたのか、それとも私が真一に影響したのか、そこが気になるところだが、それはきっとどちらでもなくて、私も真一も元々こんなふうに地味だったんだと思う。

「私は別にそれでもいいと思うけどね」

「……まぁ俺もそんなに嫌だとは思ってないけどさぁ」

私がへらへらしている一方で真一は未だに落ち込み気味だった。
地味に陰気が付くともっと悲惨だぞ、と私は心の中で忠告した。

「どしたの?今日の真一めんどくさい」

「めんどくさいって言うな、……いやさぁ、お前豪炎寺知ってるか?」

「あぁ、あの」

「そーそー、あの天才ストライカー豪炎寺修也」

真一は溜め息交じりに言った。
なんとなくそれの意味が私にはわかっていた。

豪炎寺修也はつい最近転校してきた、天才と名の付く炎のストライカーである。
私も彼のシュートを一度だけ(あの帝国学園との練習試合で、唯一の得点だった)見たことがあるが、まさに炎の天才ストライカーと呼ぶにふさわしい者が蹴るシュートだった。
それは炎を帯びた強烈なシュートで、私や雷門イレブンを含めその場に居合わせた者全員が度肝を抜かれたことと思う。

「豪炎寺のやつ、本当にすごくてさぁ〜」

「出る幕がないと?」

「その通りでございます」

やっぱりな。
真一はがっくりと肩を落としていた。
だから陰気が付くとただの根暗になっちゃうでしょ!

「でも、サッカーってみんなでやるものでしょ?私よく知らないけどさ」

「まぁそうなんだけどさ、豪炎寺がいるだけで勝てそうな気がして、自分がいる意味あんのかな〜って」

「真一の馬鹿!」

「いてっ!!」

私は思い切り真一の背中を叩いた。
猫背だった背中が一気に垂直になる。

「な、なにすんだよー!」

「真一が頑張ってんのは私がよく知ってんの!だからそんなこと言うな!」

「……もっと可愛く言えねーのかよ」

「なんか言った?」

「言ってないでーす!」

真一の失言は今回のみ見逃してあげることにした。
我ながら結構私は優しい人間だと思う。
じゃあなんで叩いたかって?
それは私流の真一への一種の愛情表現だから。
愛情表現といっても恋愛の愛じゃないけどね。
ただの景気付けの一発だと思ってくれても構わないや。これが私なりの応援だ。

まぁ、真一の表情からじめじめしたものが無くなったし、よしとする。
なんとなく真一の顔をじっと見つめた。

「……なんか俺の顔についてんのか」

「いや?ただ見てただけ」

そういえば、豪炎寺修也くんってすごくかっこよかったような気がする。
近くで見たことはまだ無いけれど、そんな記憶があるってことはきっとかっこいいに違いない。
髪型がかっこよかったからかなぁ。

「豪炎寺くんてイケメンだったよね?」

「なぜこの流れでその話題をふる?」

また丸くなりかけた真一の背中を再び叩いた。

そんなこんなで喧嘩まがいな会話を繰り返しながら、学校に着いた。
いつも真一と登校する時はこんな感じ。
いや、今日はいつにも増して楽しかったかもしれない。
……ちょっとだけ。



教室にて、隣の席の真一が私に話しかけてきた。
なにもここまで腐れ縁パワーを発揮しなくていいと思うんだ。
話し相手になるからいいけどね。

「今日一緒に帰ろうぜ」

「いいけど、部活は?」

「今日ミーティングだけだからさ、ちょっと時間潰したら部室来いよ」

「わかった」

一緒に帰るのはずいぶん久しぶりだな、なんて私は緩んだ頬を隠すように頬杖を付きながら嬉しく思っていた。



この時の私にはまさかあんなことになるとは知る由もなかったのだった───。




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