名字名前と名乗った少女は結局出ていってしまった。俺はソファーにドスンと音を立てて座った。 これから彼女はどうするのだろう。なんだかいろいろショックだった。掛けてあげた毛布も、差し出した手も、煎れてやった紅茶も、思い切って呼んだ下の名前も、全て意味が無かった。別に見返りを求めているわけではないのだ。ただ単に打ち解けたかっただけなのだ。 そして、帰るところが見つかるまで住まわせてやりたかっただけなんだ。 彼女も彼女で頭の中の整理がつかなかったのだろう。そんな風に未だここに住んでほしいと俺は思っている。とんだお節介野郎だ。一応自覚はある。今はどこにいるのだろうか。また飛び降りようとしていたら、 そう思うといてもたってもいられなくなって、家を飛び出した。 頭は名前のことでいっぱいだった。
向かったのは、河川敷。 もしかしたら名前がいるかもしれない、そう予測できたのはここしかなかった。 橋から河川敷を見下ろすとサッカーコートでは円堂が稲妻KFCの子供達とサッカーをしていた。世界一になった今でもそんな円堂の変わらないスタンスが好きだ。 ふと、子供達の背から頭一つ分違う奴が円堂以外にもいるのに気付いた。
あ、あれは……!
俺は目を疑った。 子供達に交じってサッカーをしているのは名前だった。それだけでも驚きだが、もっと驚いたのは、 名前が笑っていたこと。 俺は目を奪われその場に立ち尽くした。 名前は本当に楽しそうにボールを追いかけていた。実力は子供達と互角といったところでボールを一生懸命に奪い合っていた。ボールをゴール前まで運んで蹴ったそれはど真ん中で、円堂の腕の中に簡単に収められた。 「いいぞ!」 「今度は決めるよ!」
本当に別人のようだった。この世のもの全てを否定し拒絶しているような目をしていた彼女が、笑っているのだ。 あの、名前が。
「あれ?鬼道じゃないか!おーい!鬼道ー!」
円堂に気付かれた。 円堂は元気よく俺に手を振る。名前もこちらを見たが(驚いた顔をしていた)すぐに視線を落とした。
「鬼道ー!お前もサッカーやろうぜ!」
そう言われたらなぜか逆らえないというかそんなような不思議な雰囲気が円堂にはあった。 俺は坂を下った。 爽快な風が俺のマントをなびかせる。
俺がコートの側まで行くと名前は明らかに挙動不審で、あたふたしていた。
「あの、人数多くなっちゃったから私抜けるよ!」 「一人くらい多くても変わらないさ!」
名前は明らかに俺を避けている。 少なからず悲しかった。
「お前、サッカーできたのか」 「………」 「なんだ鬼道!こいつと知り合いだったのか!」 「まあ……、そんなところだ」 「じゃあ尚更一緒にやろうぜ!」 「う、うん」
名前は俺を完璧に無視した。 少なからず傷ついた。
円堂が投げたボールは稲妻KFCの一人が受けとった。俺は軽くフェイントをかけてそれを奪った。大人気ないな、なんて思いつつ俺は円堂に向かって走り出す。 名前は俺が来る前のように走り回るのをやめて、コートの中央をうろちょろ歩いていた。ボールを追いかける素振りなんて全くなかった。
「来い!鬼道!」 「おう!」
俺はゴールに入るか入らないかの瀬戸際、ゴールポストを擦れるほどのシュートを決めた。
「さすが鬼道だな!次は止めるぞ!」 「あぁ」
チラリと名前に目を向けてみると、目が合ってしまった。すぐに名前は決まり悪そうに目を反らした。俺の事を見ていたんだろうか、それはただの自惚れに近い何かだろうか。 子供達にボールを譲りつつ俺もシュートを打つ。 そんな感じで、みんなお腹が空いたという事でサッカーは終わった。正直微妙なサッカーだった。
「じゃあな!鬼道!お前も付き合ってくれてありがとうな!」 「うん、私も楽しかった、ありがとう」
円堂に微笑みを投げ掛ける名前。円堂は何か不思議な力を持っているに違いない。俺は円堂に手を振る。 俺と名前、二人がコートに残る。名前は何食わぬ顔で立ち去ろうとするのを俺は肩を掴んで制止した。
「離して下さい……っ」 「独りでどうやって生きていくっていうんだ」 「しつこいです」
グサリと突き刺さる一言。名前は俺の手を払うと川の近くに腰を下ろした。緩やかな川の流れを眺めているようだった。さりげなく俺も名前の隣に座った。
「離れてください」
俺は少し距離を開けた。
「話くらい、聞いてくれてもいいだろう?」 「………」
沈黙を肯定と見なして俺は続けた。
「俺もな独りぼっちになった事があるんだ、正しくは二人ぼっちだが……、小さい頃、両親が飛行機事故で亡くなったんだ」
名前はパッと目を見開いたがすぐにまた目を伏せた。そして静かに口を開いた。
「……二人ぼっち?」 「ああ、俺には妹がいるんだ」 「……私にもお兄ちゃんがいます」 「そうなのか」
また長い長い沈黙。 どこからかポチャンと川に何かが落ちて発された音が聞こえた。その拍子になんとなく俺は口を開いた。
「今は妹と離れて暮らしている」 「なんでですか」 「俺も妹もそれぞれ違う家に引き取られたんだ」 「……悲しいですね」 「違う家でも、俺も妹も今は幸せなんだ」
ふと名前に目を向けると唇を噛みしめて川の流れをただただ見つめていた。すると、おもむろに口を開いた。
「ごめんなさい……」 「なんで謝るんだ」 「だって、きどうさんの方が遥かに大変なのに……」 「………」 「私誤解してました、きどうさんが超お金持ちで何も苦労もした事がないお坊ちゃんだと思ってました」 「わかってくれたのなら、いい」
名前は目線を川から少し俺のに向けて言った。
「私の話も聞いてくれますか?」
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