日が落ちても名前は帰ってこなかった。 「会わせて!」と言いすがる春奈も流石にもう帰らなければならない時間だった。残念そうにする春奈を家まで送った帰り、俺は名前の元に向かっていた。こんな事もあろうかと、携帯にGPS機能を付けていたのだ。全く、こんなに早く活用されるとは。そんな事より、とにかく名前が心配で堪らなかった。
示された名前の居場所は鉄塔広場だった。階段を上りきって俺が見たのは、円堂と名前が楽しくサッカーをしている姿だった。サッカーといってもボールをパスし合っているだけだったが、二人とも生き生きしていた。俺は呆然とそこに立ち尽くしてしまった。先を越されたような、そんな気がしたからだ。そう、俺は前々から言っているように名前とサッカーがしたかったのだ(あの、河川敷で見た名前の笑顔が忘れられないのだ)。だから円堂に嫉妬に近いものを感じてしまった。そんな自分が恥ずべき者とわかっていながら、名前と円堂の二人は二人だけの世界にいるようにボールを蹴り合っているような思いが否めなかった。俺は言い知れない孤独感を抱いた気がした。 それは、円堂に声をかけられるまで身体中に蔓延っていた。
「あ!鬼道!」 「き、鬼道さん」
俺は二人の方へ歩いていく。心中穏やかではないが、まず言わなければならない事があった。
「名前、もっと早く帰ってこなければだめじゃないか。父さんも女中たちも心配していたぞ」 「ごめんなさい……」
名前は俯いてばつが悪そうに言った。心底反省しているようだ。そしてなぜか表情が異常に暗い。反省しているのだから、表情が浮かないのは当たり前だろうが、それが尋常でないほど悲しみにうちひしがれたというような顔をしているのだ。俺の脳裏に初めて会ったあの日の名前が過った。そんな顔の名前を見るのは当然心苦しかったし、何より先ほどまで輝いていたあの笑顔が、俺が現れた途端に消え失せたのが悲しかった。 険悪なムードに気づいたのか、円堂が俺と名前の間に入ってくれた。
「ごめんな。俺が付き合わせちゃったんだよ」 「違う。円堂くんは悪くないよ。悪いのは私」
「ごめんなさい、鬼道さん。今度はもっと早く帰ってきます」もう一度俺に頭を下げた。そんな名前からは反省の色というよりも、やはり悲しみの色が溢れているような気がするのだ。原因は不明、それが辛かった。
「すまんな、円堂。名前はもう家に帰らなくては」 「あ!思い出した!名前って今日の昼休みの!」 「あー、そうだ。その名前だ」 「おー!そうだったのか!改めてよろしく!」
手を差し出す円堂に名前は笑顔を見せてスッとその手を握った。俺は、やっぱり円堂には不思議な力があるのではないかと思う。名前との付き合いは俺の方が濃いはずなのに、名前は円堂のことを円堂くん、と呼んで笑っている。追い抜かされたという思いが否めない。まるで、円堂を羨んでいるような気持ちだった。
「・・・・・・円堂は、まだ残るのか?」 「ああ!これから特訓だ!」 「頑張ってね、円堂くん」 「おう!じゃあな、二人とも!」
円堂に手を振った俺は踵を返す。後ろで名前の声がする。「今日はありがとう。円堂くんのおかげで元気でたよ。ばいばい」名前が俺の隣に来るまでの足音がどこか遠くに聞こえた。名前が、落ち込んでいたとでもいうのだろうか。一体、なにがあったというのか。なにも知り得ない俺には隣でとぼとぼと歩く名前の横顔が、誰ともわからない顔に見えた。その時突然怖くなった。そんな横顔の唇が動く。
「今日はごめんなさい」
そう言われて実感する。俺は円堂が羨ましい。名前に、ごめんなさいではなく、ありがとうと言われた円堂が。 そう思うとますますブルーになる自分が嫌だった。駄目だ駄目だ。考えすぎなんだ、俺は。
「次から気をつければいい。俺も心配したんだぞ」 「ごめんなさい」
暗い声色に、また心が折れそうになったが、それを支えたのは、名前自身だった。
「手、貸してください」
そうだ。人ひとりの心、全てを見透すことなんて最初からできるわけがないのだ。ましてや会って数日の人を。それでも俺は短くても太い絆が通い合っていることを信じたい。俺の知らない名前がいたとしても、俺の知っている名前を信じたい。 名前もそう思っていることを信じたい。
「鬼道さんの手は不思議なパワーを持っています」 「円堂じゃなくてか?」 「なんで円堂くんなんですか?」 「いや、なんとなくだ」 「・・・・・・よくわかりませんが、鬼道さんの手からは勇気をもらえるんです」 「勇気?」 「はい!女中さんやお父様に謝る勇気です・・・・・・」 「そんなこと、心配する必要なんてない」
ぎゅっと手を握り返して、そのあたたかさを感じ、俺は言う。
「俺がついていてやるから」
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