少し遠慮がちにボールを蹴り返すと、それはよろよろと男の子の足元に転がっていった。
「元気ないのか?」 「そんな事ないよ」
にこにこ笑顔が怪訝な表情に変わった。私は無理やり笑って応えた。すると男の子は腑に落ちないというような顔をして言うのだ。
「何も言ってくれなくても、ボールが代わりにぜんぶ伝えてくれるんだ」
男の子はバンダナに手を当ててその位置を上げ、ボールを蹴った。ボールは迷いなく真っ直ぐにスピードに乗って私へと向かってくる。そのひたすらに前に向かう様は、正に目の前にいる少年の目と同じであった。この男の子はボールを通じて心を通わす事ができるらしい。いやむしろ、心を通わすためにボールを蹴っているのだ。私の足がそのボールに触れた時、そう心から思った。
「元気、ない!」 「お、おぉ」
素直に応えて思いのままにボールを蹴り返せば、ボールは男の子の方へ一直線に走っていった。男の子はちょっぴり苦笑いをしたけれど、少し満足気な表情もした。多分ボールの勢いがよかったからだと思う。この男の子はサッカーが大好きなのだ。「サッカーやろうぜ!」と言い向けられた笑顔を私は思い出した。 男の子は特に私に深く事情を聞こうとはせず、ボールを蹴る度気合いのかけ声を出し私に向かってボールを蹴るのだった。私はそのボールから慰めてくれるような温かい気持ちを感じ取った。だから私はありがとうと感謝を込めて力いっぱいにボールを蹴り返した。 そんな私達は蹴り合っている内に、言葉も交わしあっていた。
「あれ、俺名前言ったっけ?」 「言ってない」
この男の子はお茶目だった。その証拠にこの笑顔である。思わず私も笑った。
「俺は円堂守!お前は?」 「名字名前!」
私がそう名乗ると男の子、円堂くん(でいいかな)は目を丸くしてボールを蹴るのを一旦止めその足元に留めた。何か頭の中で考えているみたいだった。
「名前って、今日どっかで聞いたような……」 「そうなの?」 「うーん、確か、えっと……忘れた!」 「そっか!」
円堂くんはざっくばらんとした良い性格をしていると思った。また、蹴り合いっこは再開。 私は周りが目に入らなくて、時間も忘れて夢中になっていた。
「あ、鬼道!」
そう呼び掛けた円堂くんの声で、やっと私は現実に引き戻された。そして立ちすくむ鬼道さんの顔を見てなんともいえない苦い思いをしたのだった。
|