名前は部屋の隅に座り込んで頭を抱えている。俺が抱えたい。 どうもこうも、どうしてこうなったのか経緯を振り返ってみようと思う。
俺が部屋に戻ると名前は笑顔で迎え入れてくれた。俺は名前の隣に腰を下ろすとさっそく本題に入った。
「ところで名前、学校の事なんだが」
俺がそう言った瞬間、名前の表情が曇ったのを俺は見逃さなかった。これは、一筋縄ではいかないと俺は踏んだ。
「学校、行かないか?」
首を横に振る名前。拒否するのは想定内だ。
「雷門ならどうだ?俺もいるし」 「絶対だめです!」 「な……っ!?」
俺の言葉をかき消す勢いで名前は言った。なんだ……?僕嫌われてるのかも、父さん。しかし、涙が滲んできそうなくらい傷付いた俺だったが、目的を果たすためなら嫌われていたって構わないと心に決め、頭を左右に激しく振った。 でもやはり、胸が痛い。溜め息が漏れた。
「はぁ……」 「雷門は私立ですよね。通うにはお金がたくさんかかってしまいます」 「あぁ……!!」 「これ以上迷惑はかけたくないです」
そういう事だったのか……!なんだ……!よかった……別に嫌われているわけじゃ……って、安心している場合じゃない。今は名前を学校に行かせるのが目的なんだ。改めて俺は心を奮い立たせた。
「それなら、公立の学校に」 「いやです」 「はあ?」
頭ごなしに嫌だと言われたような気がして、俺は苛立ってしまい、つい大声になってしまった。途端にソファーの上で小さくなる名前に良心が痛まないわけがなかった。
「ご、ごめんな。でもなんで……」
俺が理由を聞いても、名前は首を横に振るばかりで口を開いてくれなくなった。それほど言いたくないのか、単にうまく言えないだけなのか、なんなのか俺にはわからなかった。目さえ合わせてくれない。俺も床を見つめた。
しばらくの沈黙を破ったのはグス、と鼻の鳴る音だった。すぐに横を見る。名前の目には今にも零れ落ちそうな涙があった。俺も名前も同じような顔をしたと思う。「見てしまった」「見られちゃった」多分こんなふうな感じだ。と、俺がどうでもいい考察をしている内に、名前はいきなりソファーから立ち、部屋の隅に座り込んでしまった。そして冒頭に戻るわけである。
「名前……?」
駆け寄って名前の後ろに腰を下ろし、肩に手を置いてみると、その肩が小刻みに震えているのがわかった。俺は瞬間、胃だか胸だか、とにかく体の真ん中の奥の方が痛くなった。かける言葉が見つからなくて自分が情けなくなってくる。名前の前ではこんな事ばっかりだ。俺は、こんなはずじゃないのに……。
そんな時、名前を呼ばれた。「きどうさん!」もう聞き慣れた涙声だった。
「ゴーグル貸してください」
それから発された一言。何でだ。疑問を抱いたが、俺はゴーグルを外して名前の前に差し出した。名前の手がゴーグルを掴んだのを見て、俺はゴーグルから手を離した。 すると、ぎこちない動作で名前はゴーグルを首に通してゴーグルをかけ始めた。髪がぐちゃぐちゃになってしまっている。手伝ってやりたくなる衝動を必死に抑えていると、ゴーグルをかけた名前がいきなり俺の方を向いてきた。
「きどうさんは、ずるいです」
名前の言っている事がよくわからない。まず率直に思う事は、名前、ゴーグル似合わなすぎ。俺は思わず吹き出した。
「わ、笑わないでください!」
へたり込んだ床にどん、と名前は拳を叩きつけたが、俺は湧きだした笑いをなかなか止められず、口を手で押さえやっとの事で止めた。
「あ、やっぱり笑っていてください!」
ますます訳がわからなくなって、俺は首を傾げた。すると、名前は一度深呼吸して、相変わらず涙声で言った。そうだ、名前は泣いていたんだっけな。忘れかけていた自分に驚いた。
「きどうさんは、いつもゴーグルをしているから、不公平です。私が泣いたら怒るくせに、きどうさんが泣いても、私はわかりません」
支離滅裂だ、と思ったが、俺はなんとなく言いたい事がわかった気がした。次に名前が継いだ言葉を聞けば、尚更だった。
「私は、きどうさんがもし泣いていたら、慰めてあげたいです」
それから眉をハの字にして名前は唇を震わせた。俺は、名前の頭を撫でてやる。
「うわああん」 「うわ」
名前の突進を受けた。肩口に顔を押し付けられるが、そこが濡れる事はなかった。俺は背中を撫でながら言う。
「わかった。お前といる時はゴーグル、外すから」
こくこく頷く名前の頭をまた撫でてやる。
ところで、本題どこ行った?
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