独りぼっちで雷門商店街の路地裏に座り込んだまま朝を迎えた。グレーのトレーナーを突き抜けて入ってくる冷たい風が憎い。膝小僧にくっつけている頭をそのままになんでこんな事になったのか、考えをとめどなく脳内に垂れ流した。



昨日家が無くなった。
原因はお父さんの借金。お金が返せなくなってとうとう家を手放さなくてはならなくなったのだ。家と言っても狭苦しいボロアパートで、よくこんな家に家族4人で暮らしていたなと感心してしまう程だったから、こんなちっぽけな財産でお父さんの借りたお金がちゃらになるとは到底思えなかった。お父さんは今どこにいるんだろう。
お父さんは仕事も禄にしないくせにギャンブルが好きで、酒びたりの毎日だった。一生懸命私とお兄ちゃんを養うためにお母さんがパートで稼いだお金をお酒やパチンコに注ぎ込むほど駄目な人だった。しかし、お父さんは絵に描いたような暴力亭主ではなかった。お母さんから無理矢理お金をふんだくるのではなく、誰も居ない時にお金を盗み取るのである。それはもう病気のように。お母さんが気が付くとお父さんは途端に「すまん、すまん」と平謝りを続け、私はその光景を何度も見る事になった。
お母さんはそれを見かね、私が中二になってまもない頃、一つ上の今年高校受験を控えるお兄ちゃんを連れ、出ていった。経済的に私を養う余裕が無い、捨てた訳ではない、と私に話した上でだ。その話が決まった時お母さんは私に泣いて詫びた。私もお母さんとお兄ちゃんと離れるのが嫌で泣きじゃくった。普段泣いたりはしないお兄ちゃんもその時ばかりは肩を震わせて「必ず戻ってくる」と涙ながらに言い、それはまだ鮮明に私の脳裏に深く焼き付いている。
それから私とお父さんの二人暮しが始まった。狭いはずの家が少し広くなったように思った。お父さんはお母さんとお兄ちゃんに出ていかれたとわかると無気力に磨きがかかり、今までごくたまにしていた仕事も辞めた。でもギャンブル漬けの生活は止められず、お母さんが残してくれた貯金もとうとう底をついた。本当に絶望的な生活だった。卓袱台に上がるご飯は日に日に粗末な物になるし、仕舞には夕飯抜きという時もあった。
しかし、そんなある日の夜、ほかほかの真っ白なご飯と豪華なステーキが出た。私は何事か、とお父さんを見るとお父さんは不自然に笑っていた。私はいつもお腹が空いていたからそれを一分もかからずに平らげた。そんな事が何度からあったから、私はてっきりお父さんがギャンブルを止めて仕事を真面目にし始めたんだとばかり思っていて嬉しくなっていた。
それから何日か経った日、ドアが壊れんばかりにどんどん、どんどん、と立て続けにノックをされた。私が何かと思ってドアを開けると、私の二倍くらいはあるんじゃないかと思うくらいの大男が目の前に立っていた。私が思わず後退ると大男は半笑いで「お父さんはいるかな?」と言った。私は寝ていたお父さんを起こしてからあまりの恐怖で布団に潜った。すると聞こえてくる数々の怒号。思い出したくもないが焼き付いている。


「他人の金で食う飯は上手いか?」


そう、お父さんは借金をしていたのである。毎晩毎晩必ず来る借金取りに私もついにおかしくなって学校に行かなくなった。家に居るのも嫌だ、と思っていた矢先、家が無くなったのだ。時に神様はこんなにもばか正直に望みを叶える事がある。
昨日、お父さんがどこかに出かけている際、ひたすらインターホンが鳴らされた。私は布団に包まりそれを無視していたら、いきなり数人の大人達が家に入ってきた。大家さんに鍵を借りたらしい。その人達の中の一人がこう言うのだ。


「この家は差し押さえられたんだ」


言っている意味がわからなかった。その人は畳みかけてまた言う。


「大丈夫、君にはちゃんと住む所があるからね」


その人によると私は親戚の人の所に住むか、親戚がいなければ施設に行こうとの事だ。私は真っ先に「お母さんの所に行きます、大丈夫です」と口走って家を出た。親戚なんていないから施設行きは確定したも同然で、人がたくさん居る施設に住むのはどうしても嫌だったからだ。
それに、もう人生に疲れ果てた、というのもあった。



私は重たくかちこちに固まった腰を上げ、ある決心をして目的地に向かって歩き始めた。
目指したのは、河川敷。

橋の上から川を見下ろす。穏やかな流れの川に朝の日の光が差してキラキラと光っている。思えばよくこの河川敷に兄と二人で来て、あの辺りに座っていろんな事を話したり、落ちていたサッカーボールで蹴り合いっこしたりしたっけ、そう思うと目にだんだん涙が溜まってきて、それが風にさらされ痛いくらいに冷たかった。
おもむろに柵に足を掛けて上半身を自由な状態にした。
後は体を傾けて落ちるだけ。
さよなら、ごめんね、お母さんお兄ちゃん。


「おい!馬鹿な事はやめろ!」


お兄ちゃんの声が頭の中で響いた気がした。
お兄ちゃん、本当にごめんね。


数秒後、私の体が誰かに引っ張られた。








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