ようやく正式に名前がここで生活する事に決まったが、まだまだ意思の疎通は難しいようだ。
勇気を振り絞って言った「似合ってる」という言葉をお世辞、と跳ね返された時のショックといったらない。おかげで言葉を失ってしまった。その代わり名前は俺の事をかっこいいだとか言ったからそれがまた困る。
今は俺の部屋で大人しくソファーに座ってテレビを見ている。時計を見るともう一時を過ぎていて、まだ昼御飯を食べていない事に気が付いた。そしてもっと重大な事に気付いた。
俺は飛び上がって名前に謝った。


「すまん!名前!」
「わっ、いきなりどうしたんですか!」
「名前御飯食べてないだろ……?」
「あー……、そういえば昨日から食べてないですね」


俺の体温が一気に五度くらい下がった気がした。


「わああああ!本当にすまん!今すぐ何か作ってもらってくる!」
「大丈夫ですよ、急がないで。私空腹には慣れてますから」


そう言った名前は弱々しく笑い、ますます俺の心は痛んだ。


「とりあえず下に降りよう!」


俺はテレビを消して名前をリビングに連れていった。すると、ちょうどテーブルに昼御飯が並んでいた。


「おお、今有人達を呼ぼうとしていたところだったんだ」
「父さん……!」


俺は毎日感謝しているが今日はいつもに増して感謝をした。隣の名前を見ると目がキラキラ輝いていた。我慢できなかったようでぎゅるる、と腹の虫が鳴く音が聞こえた。


「あっ、ごめんなさい」
「そんなのいい、早く食べろ」


俺は椅子を引いて名前を座らせてからその隣の席に着いた。


「とってもおいしそうです」


名前はよだれを垂らさんばかりに並んだ料理を凝視していた。


「遠慮しないで食べろ」
「そうだよ、名前、お腹いっぱい食べなさい」
「ありがとうございます!いただきます!」


名前はハンバーグを切って、ぱくりと一口食べた。その瞬間、ぽろりと名前の目から涙が零れた。


「ど、どうした!?口に合わなかったか!?」


父さんも俺も名前のその反応におろおろしっぱなしだった。


「ちがうんです、鬼道さん。こんなにおいしいの、本当に久しぶりで……うぅ」
「名前……」


俺は名前が不憫でならなかった。名前の泣き顔を見たら胸がちくちくしてたまらなく悲しくなった。


「美味いか?」
「はい、めちゃくちゃおいしいです、ひっく」
「じゃあ、泣くな、笑え」
「ううぅ、そんなぁ」
「美味いんだろ?そんな顔見たら俺の飯までしょっぱくなる」
「うー、じゃあ、こうですか?」


名前は目に涙を溜めながら目尻を下げて笑ってみせた。俺は名前の頭をぽん、と一度撫でた。


「上出来だ」


理不尽な命令だっただろうか。でも、こうした方がよかったと思うのだ。泣くばっかりでは仕方がない。俺としても、名前の泣く姿はもう十分なのだ。
名前はきっと変われる。
名前の笑顔をずっと見ていたい。
そう考えたら、なんだか急に恥ずかしさが込み上げてきた。
すると、父さんが俺を見て笑ってきた。


「な、なんですか父さん」
「いやぁ、有人も女の子のことが、」「わー!わー!わー!」
「ど、どうしました!?」


全く、父さんはいきなりなにを言いだすのか。俺は目一杯の大声で父さんの言葉をかき消した。おかげで名前を驚かせてしまった。名前に「なんでもない」と声をかけて食事は再開。
幸い名前はハンバーグに夢中になっていて特に気にしていないようだ。
第一、別に名前が好きだとか、好きであってもそれはライクの方であって、そういうふうに考えた事は一度たりもない。
ただ助けたい、それだけだ。

俺も昼御飯を平らげた。


「ごちそうさまでした!とってもおいしかったです!!」
「夕飯も楽しみにしてなさい」
「わーい!ありがとうございます!」


ところで、名前の笑顔を見ると心があったかくなるのはなんでなんだろうか。







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