「きどうさん!」
「有人、この方がお前の言った名前さんか」
「はい、父さん」


きどうさんはどうやらもう事情を話してくれていたようだった。もう、きどうさんの優しさは天にまで昇ってとまらないみたいだ。
私は丁寧にドアを閉めて机の前に立った。きどうさんのお父さん、否、お父様の目をしっかりと見た。きどうさんには全然似ていないけど、雰囲気から尊厳のような、高貴な風格が漂っている。それはきどうさんによく影響しているな、と思った。
そんなきどうさんのお父様を目の前にしたら女中さんのおかげで緊張が解かれたはずの体がまた硬直してしまった。言おうとしていた大切な挨拶の言葉達も頭が真っ白になって思い出せない。そうなってくると視線はきどうさんのお父様から大きく外れて宙を泳ぐ。
すると、突然きどうさんのお父様が椅子から立ち上がりこちらに向かってきた。
大きな背もたれがついた豪華な椅子だった。
どうしよう、私、無礼者だってことで追い出されるのかもしれない。とうとうきどうさんのお父様が私の目と鼻の先で止まって、私の予想が見事的中したようで、大きな衝撃が起こり視界がブラックアウトした。多分突飛ばされたかなにか、そんな衝撃だった。
けれど、すごく暖かい。


「こんな、こんな、かよわい君みたいな少女が、独りだなんて……!こんなに悲しいことはないっ!」
「ちょ……っ!父さん!なにしてるんですか!」
「なにって、かわいそうでかわいそうでしょうがないから抱きしめているんだ!」
「今すぐやめてやってください!そっちの方がかわいそうだから!」
「あはは、そうか?」
「あははじゃないですよ、父さん」


視界にまた光が戻った。きどうさんとお父様の会話によると、私はどうやらお父様に抱きしめられていたようだった。きどうさんのお父様も優しさは最上級だった。涙目のお父様を見たら、私も感動の涙がこみあげてきた。
私はお父様に抱き付いた。


「あ、ありがとうございますううう!」
「どういたしましてえええ!」


またすごい力で抱きしめられた。


「父さんも名前も泣くなあああ!」


そう言われたって簡単には止まらない、この涙は意味がある、


「感動の涙なの」「感動の涙なんです」
「会ってすぐにハモるなんて……!」


きどうさんの口があんぐり開いていた。
抱きしめるのをやめたきどうさんのお父様が私を見下ろした。とても優しい微笑みを浮かべていた。


「名前、私の事を父さんだと思って構わないからね」


じーん、私の心の効果音が全身に染み渡った。


「はい!ありがとうございます!お父様!」


お父様は私の頭を撫でてくれた。


「それから私は名前の家族を探す手助けをしてあげるよ」
「本当ですか!」
「あぁ」
「わああ、本当になにからなにまでありがとうございます!!」


私はお母さんとお兄ちゃんに会えるのかと思うと本当に本当に嬉しかった。


「よろしく、名前」
「はい!よろしくお願いします!これからお世話になります!」


私はぺこりと深いお辞儀をお父様にしてきどうさんと一緒に部屋を出た。二人で廊下を歩いているとき、驚くべき一言をいただいた。


「……名前」
「なんですか、きどうさん」
「………、似合ってるな、それ」


本当に私はびっくりして立ち止まってしまった。
私はハッとした。
これはきどうさんの優しさなんだと。


「お世辞ですか、きどうさんは優しいですね」
「え、い、いや」
「私もきどうさんの服かっこいいと思います、あ、これはお世辞じゃないですよ、本心です」


きどうさんはそれきり部屋に着くまでなにも話してくれなかった。







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