とうとう決勝戦がやってきた。 私はずっとずっと不動の傍らで不動を見守ってきた。いかなる時もどんな時もずっと。 不動の少しの体の異変も見破るくらい不動の事がわかるようになったくらいだ。体調が悪い日は練習(休ませたかったんだけど不動が頑なに拒否した)が終わるとすぐに不動の部屋に行って私は不動の背中を撫で続けたり、水を飲ませてあげたりしていた。 それもこれもすべて不動への愛だ、無償の愛だ。 そんな想いを胸に、会場裏で壁に寄り掛かる不動に私もその隣に行って言葉をかける。 不動はいつも通り真っ白な肌で一見不健康そうだけど(いつもだから)、体調は大丈夫そうだった。 「今日も大丈夫そうだね」 「お前がいてくれたからな」 「やだ、そんなの似合わない」 「うっせ」 私は不動のぶきっちょな笑顔を見てなおのこと安心した。 私も笑顔になる。 「よかった」 するといきなり不動は私の手を握り締めた。 きゅっと、強く、それでいて優しく。 私は不動の熱い熱い想いを感じた。 「頑張ってね」 「ああ」 不動は私から手を離した。それからフィールドに赴こうとした不動を私は一歩後ろで追う。 その時不動は私に背を向けたまま、言った。 「優勝したら言いたい事がたくさんある」 「わかってる」 「約束、覚えてるだろうな?」 「そっちこそ」 また不動が笑うから私も笑う。 不動の渇いた笑い声はなぜかどこか哀しげに渡り廊下に反響した。 私はピッチへ向かう不動をベンチで見送った。 私はホイッスルが鳴るまで走馬灯のように不動との毎日を思い出していた。 不動の秘密を知り、約束を交わした日。 アジア予選の時のベンチ生活(私としては嬉しかった)。 韓国戦の活躍は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。 それから不動はすべての試合でチームを陰ながら支えてきた。 相手チームの思惑や作戦だって不動はすぐに理解して、チームにアドバイスまがいのダメ出しをしていた。不器用だからね、本当。 初めは不動は私を含めみんなから嫌な奴だと思われて嫌われていたけど、今ではチームの、イナズマジャパンの一員だ。 どうか、不動、みんな、イナズマジャパン、頑張って、優勝を勝ち取って……! 私はそんな想いをフィールドへと馳せた。 ホイッスルが鳴り試合が始まった。 相手のコトアールは本当に強くて、何度もボールを奪われ一点取られてしまった。 しかし、イナズマジャパンはめげず、一丸となって頑張った。 キャプテンもパワーアップした技を覚えコトアールのシュートを止める事ができた。 そして流れがイナズマジャパンのものになり、何度か止められたシュートも豪炎寺とヒロトと虎丸のグランドファイアが突破出来た。 不動も、佐久間と鬼道と一緒に皇帝ペンギンを決めて一点を取る活躍を見せてくれた。 試合終了のホイッスルが鳴る。 イナズマジャパンはコトアールに2-1で勝ったのである! 私は声帯がちぎれそうなくらいピッチにいる不動とみんなに向けて叫んだ。 「おめでとう!!」 ベンチではもう私達マネジたちがおおはしゃぎ。 私もみんなも、喜びを噛みしめていた。 私はいちはやく不動と喜びを分かち合いたかった。 はやく約束を果たしたい。 不動を抱きしめたい。 そう思って不動のもとへ駆けよった。 その途中、不動は私と目が合って、笑った。 とても優しい微笑みだった。 私も笑いかけようとしたら、 いきなり不動が膝から崩れ落ちた。 「不動!」 倒れた不動の背中を一生懸命揺すった。が、返事は無い。 私はなにもかもがなくなってしまったような絶望感を味わった気がした。 「不動、不動!ふ、不動!!」 他のみんなだって相当焦ってたが、私は人一倍だった。 スタジアム中が騒然としている中、すぐに担架がやってきて不動は運ばれた。 私は担架を追いかけて一緒に救急車に乗った。 その際もずっと名前を呼んだけれど、返事どころか、呼吸も危ういらしい。 人工呼吸機をつけた不動を見たら我慢していた涙も堤防を破壊してたくさん溢れてきた。 不動の手を握った。 試合前のあの情熱はなく、ただただ冷たいだけだった。 「不動……!」 病院に着くとすぐに手術室に不動は搬送された。 私は待合室で待つように言われた。 待合室のベンチで私は頭を抱えた。 完全に私のせいだ。 私が無理にでも病院に連れていくべきだったんだ。 これで不動が死んでしまったら。 私は、私は……! 考えても考えても答えは浮かばず、迫りくる現実を恐怖していた。 底も見えないような真っ暗な穴に崖から突き落とされたような気持ちだった。 何時間か経っただろうか。 不動は……、大丈夫だろうか。 安否を確かめるべく、私は決心をして手術室に駆け込んだ。 しかし、手術室には誰もいなかった。 開きっぱなしのドアから見た閑散とした風景に私の心臓はずん、と突き刺される。 私は走り出した。 どこかに不動はいるはずだ、死んでなんかいない。 私はすべての階の病室を訪ねて回った。 しかし不動はいなかった。 裏庭にも行った。 当然不動はこんなところにいるはずがない。 私は悲しみに打ち拉がれてその場に蹲って、泣いた。 突き付けられた現実は私には到底受け入れられなかったから。 「不動、ふどう、ふ、どう!死なないっていったじゃん……!」 「勝手に殺してんじゃねーよ」 聞き慣れた声がした。 スッと心臓にかかった重りつきの鎖が取れた気がした。 パッと顔を上げると、 会いたくて会いたくてたまらなかった 不動がいた。 白いパジャマ姿で点滴台を持ちかったるそうに立っていた。 私はその姿が嬉しくてそれでいてとてもいとおしくて、不動に抱きついた。 不動は優しい暖かさを帯びていて、私は心の底から安心した。 「不動……!」 零れた涙は留まることを知らずに流れているようだった。 「いてーよ」 「あ、ごめんね」 私は不動から離れた。 正直名残惜しかった。 「べ、別にそのままでもいい、特別にだからな」 私は間髪入れずにまた抱きついた。 点滴台がかしゃんと音を立てた。 「いってぇ、もっと優しくできねえのかよ」 「ごめん!嬉しすぎて力の加減できない!」 私は不動の胸に顔を埋めた。 不動が私の頭を撫でる。 「ったく、お前どこ行ってたんだよ、探したんだぞ」 「私だって!すごいすごい心配したんだから!もし不動が死んじゃってたらって考えたら、私が私でなくなりそうだった!」 「んだよ、それ」 「不動が私のすべてだったってこと!」 「お前、よくそんな恥ずかしいこと言えんなぁ」 不動は頭を撫でる手を止め、私の背中に優しく手を回した。 そして私の首に顔を埋めた。 不動の息遣いを感じて急に私はどきどきした。 首筋からどんどん熱くなっていく。 「……名字がそばにいたからここまでこれた、ありがとな」 「うん、おめでとう不動」 私がぎゅっとまた抱きしめ返すと不動は私の首から離れた。 私は不動を見上げると、不動はそっぽ向いて照れくさそうに頭を掻いていた。 「っかぁー、俺もくっせぇセリフ吐いちまった」 「セリフなの?」 「ちげーに決まってんだろ」 その言葉が私に幸せをもたらす。 今の私の顔はきっと、ふにゃふにゃにゆるんでいる事だろう。 ふにゃふにゃな顔のまま、不動と見つめあった。 不動は私と違って凛とした面持ちをしていた。 それがだんだん近づいてくる。 音も立てず、静かに優しく唇と唇が触れた。 はじめてのキスとは違って、淡くて甘い幸せの味がした。 「名前」 唇が離れて、初めて呼ばれた下の名前。 そこはかとない愛情が含んでおり、私の胸はきゅんとうずく。 頬もほんのり紅く染まったような感覚があった。 「明王」 「ん」 「だいすき」 「あ、あんまそういうこというな……っ」 「なんで?」 「聞くなばか」 「明王は私のことすき?」 「………、愛してる」 「あきおー!」 それからまた私は明王をぎゅうぎゅう抱きしめた。 明王の匂いはちょっと消毒液の病院の匂いが混じっていたけど相変わらず安心する。 やっと私の中で明王が足りた気がして体を離した。 「満足したか?」 「うん!」 私は明王の点滴台を持って、私達は歩き出した。 廊下を歩いている途中、明王が空いていた私の手を握った。 「よかった」 「なにがだよ」 「あったかい」 私は明王の手を握り返した。 明王はフッと鼻で笑った。 嫌味っぽさはなかった。 明王に案内されて着いた病室ではお医者さんがかんかんになって怒っていた。 お医者さんによると、今の明王は本当ならば立ち上がる事もできない状態だったらしい。 すぐにベッドに寝かされた。 私は変わらず、明王の手を握った。 「無理しないでよ」 「してねえよ」 明王は本当に不器用だ。 それにいじっぱりだ。 お医者さんが出ていく際、明王は当分入院だという事を告げた。 私はそれがとても悲しかった。 「明王に会えないのやだ」 「浮気すんじゃねーぞ」 「す、するわけないじゃん!ばかっ!」 「フッ、そりゃあ俺の、彼女だしな」 そう言って明王は私の頬に手を添えた。 明王の手も相まってもっと熱くなる。 私は吸い込まれるような瞳を見つめた。 それから、なんとなく明王の唇見たら、途端、キスしたくなった。 衝動は止められない。 私は明王の唇めがけて顔を下ろした。 すると唇が合わさるのを越えて歯と歯がガチッと凄まじい音を立ててぶつかった。 さすがに私も痛かった。 「いたっ」 「っつー、まじムードもくそもねーな」 「唇切れた」 「俺もだ」 「ごめん」 へへ、と笑うと明王も短めの眉をハの字にしてくしゃっと笑ってくれた。 まさか、血の味のキスで幸せを味わうとは。 「お見舞い、毎日行くから」 「おう」 「じゃあね」 私は扉に手をかけ開いたが、なかなか外に出られず明王をじっと見つめていた。 「はやく帰れよ!もー!」 「そんなこといったって!さみしい!しんぱい!」 「明日も会えんだからいいだろ!」 「うー……」 「電話すっから!」 「んー……」 「俺だって寂しいんだぞ、言わせんな」 そう言った明王は窓の外を見ていて、頬が紅潮していた。 それが夕日のせいなのか、照れているのか、後者だったら私は嬉しい。 「……わかった!」 「ん、じゃあな名前」 「お大事にね、明王!」 私は手を振って笑顔で病室を後にした。 明王はむすっとしていたけど、きっと中身は笑顔なんだと思う。 なんてったって、不器用だからね。 私は明日のお見舞いのためにバナナを買って帰宅した。 メールも忘れずにね。 すぐに返事が返ってきた。 絵文字もない真っ黒な超短文。 それでもすごく嬉しいのは、私も明王も真に心が繋がりあっていて愛しあっているからだと私は思うのだ! (20110117) |