最悪だ。
今私は鏡とにらめっこ中。その忌々しい乙女の大敵、にきびを睨んでいるのだ。そいつは私の顎にいる。一応クリームを塗って応戦しておいたが一瞬で倒せるはずも無く私を苛立たせた。
鏡には眉間に皺を寄せている私が映っている。多分今教室の中で一番険しい表情をしていると思う。すると突然その後ろから男の子がひょっこりと顔を出した。

「わっ」

「そんな顔して、可愛い顔が台無しだよ」

鳥肌が立つような台詞を平気で言ってのける男といえば、

「一之瀬」

「俺だよ」

即座に鏡をしまい反射的に顎を隠した。椅子に座っている私は一之瀬を見上げる形になった。一之瀬は何故かキメ顔をして人差し指と中指をびしっと立てて決めポーズ。一之瀬が私をじっと見ると、その顔がきょとんとした顔に変わった。

「隠したってしょうがないでしょ」

「見られちゃったか」

私は意気消沈して顎から手を離した。一之瀬に見られるのはなんか嫌だな。からかわれそうで。

「にきびなんか気にするなよ」

「そんな事言ったって、憂鬱だよ」

「にきびがあっても名字は可愛いよ」

「はぁ、よく一之瀬はそんな恥ずかしい事言えるよね」

「そうかな?」

「そうだよ」

一之瀬は腕組みをして視線を宙へと泳がせる。何か考えているみたいだ。その後すぐに一之瀬はにっこり笑った。本当に表情豊かな奴だ。

「名字だから言えるんだよ」

「なにそれ」

何も答えずに一之瀬が私の前の空いている席に座った。一之瀬はまだにこにこしている。まあ、笑顔が似合う奴だとは思う。

「ねぇ、知ってる?」

まんま某豆柴が言うような事を一之瀬は言った。

「あごに出来たにきびはなんて言うか」

顎に出来たにきび。にきびはにきびだろう。一之瀬の言っている事がよくわからなかった。私は「知らない」と答えた。一之瀬は得意気な顔をして言った。

「想われにきびって言うんだよ」

「想われにきび?」

「そ、誰かが名字の事を想ってるってこと」

「ふーん」

正直、そんな迷信のような物なんて全く興味は無かった。
一旦そこで会話が途切れた。私は頭がかくんかくんと上下に揺れて今にも寝そうだった。その時一之瀬が自分を指差した。

「ま、ここに居るんだけどね」

「へ?」

「もう、名字は鈍感なんだから」

そう言うなり一之瀬がいきなり立ち上がって私を見下ろし、声高らかに言った。

「俺が名字の事を想ってるってこと!」

私は頭にぐーパンチを食らったような衝撃を受けた。その所為でうとうとしていた私の目はぱっちり開いて瞼をぱちくり。

「あれ?まだわかんない?だから俺は名字の事が好きなんだよ!」

一之瀬から愛の告白を受けているのだ。そう理解すると一之瀬の言葉が覚醒した脳に浸透していった。するとどんどん私の頬が自分でも容易にわかるくらい紅潮していった。

「わ、わかったから、」

「本当かい!?俺とっても嬉しいよ!」

「え、ちょっと一之瀬!?」

一之瀬が「天にまで舞い上がりそうさ!」と教室が騒然としている中、一之瀬は叫びながら私に抱き付いてきた。言わずもがな、今私は注目の的だった。一之瀬は結構モテると友達から聞いた事がある。だから女子からの視線だけで体に大きな風穴が出来そうだった。なのにこいつは羞恥心という物が無いのか、多分一之瀬の事だから本当にそんな物無いんだろうと私は思った。

「ここ教室!」

「そんなの関係無いよ!」

私の忠告もみんなの突き刺さるような視線も全部無視して一之瀬は今も尚、私をぎゅうぎゅう抱き締めている。別に一之瀬の告白に対してOKを出した覚えはないのだけど、一之瀬は何か勘違いをしているみたいらしく嬉しそうに笑っている。とても幸せそうにみえる。
強引に押し切っている感じもあったが。
まあ、たまにはそんな一之瀬に流されてもいいんじゃないかな、って思っちゃってる私も多分一之瀬の事を少しくらいは好きなんだろうと思う。
だって、さっきから心臓の音が鳴り止まないのだから。
ぎゅ、と試しに抱き返してみたら、一之瀬に私の顎に手を添えられて、ちゅ、という音を立てひとつキスを落とされた。

周りの声は心臓の音に掻き消されて聞こえなかったけど、やっぱり恥ずかしかったから一之瀬の胸に顔を埋めた。

紅く染まった頬が元に戻るまでこうさせて。



(20101020)









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