今日も練習が終わり早く帰ろうと皆より一足先に着替えていたらいきなりけたたましい音を立てて更衣室の扉が開いた。そこには仁王立ちをした名字が居た。一方俺は上半身裸だった。

「ちょっ…、鬼道のえっち!」

「何故そうなる」

名字が手で顔を覆った。どう考えても突然更衣室に入って来た名字が悪いだろう。俺はシャツを着た。名字の方を見ると名字と指の隙間からばっちり目が合った。名字が慌てる中俺は脱力した。

「べ、別に何も見てないよ!」

言い返す気力も無く俺はシャツのボタンを留めながら切り出した。

「いきなりどうした」

待ってましたと言わんばかりの表情をし名字が手を合わせる。

「お願いがあるんだけどさ!」

こういう場合の名字の頼みには嫌な予感がしてならない。

「あの、ゴーグル取ってくれない?」

「これか」

名字がこれに興味を示すのは意外といえば意外だった。俺はゴーグルに手を掛けた。

「お願い鬼道!いや、鬼道さん!絶対かっこいい!鬼道さんまじかっこいいから!お願いします!」

「別にそんなに褒めなくとも取ってやらない事もないが、」

俺は今思い付いた事に思わず口の端を吊り上げた。

「それ相応の礼がないとな?」

「なんでもしますとも!」

無邪気な瞳を輝かせる名字を見て若干良心が痛んだが、まあこの間読んだ漫画の等価交換という物に属するだろう。俺はゴーグルを取って首に掛けた。

「わぁー!」

名字は感嘆の声を皮切りに俺から目を離さずに次々と言葉を並べた。

「予想以上にかっこいい!え、超かっこいいんだけど!どうしよう!やばい!イケメンじゃん!鬼道!めっちゃイケメンじゃん!なにその目!赤っ!かっこいい!」

そう言われて悪い気はしなかった。

「満足したか?」

「うん!かっこいい!惚れそう!」

惚れ"そう"、か……。その言葉に俺の胸は苦しくなる。

「あ、鬼道、お礼はなにがいいの?」

そうだった。俺は思い出してまたニヤリと笑った。

「なんでも、してくれるんだよな?」

「うん!」

俺は名字の肩を掴んでロッカーに押し付けた。そして顔を寸前まで近付けた。少し自棄になっているかもしれない。

「わっ」

「キス、」

「え」

「してくれよ」

「う、え、は?す?」

「なにがウエハースだ、なんでもするって言っただろ」

俺は至近距離で名字を見つめる。当然名字は戸惑いを見せて躊躇っていた。

「そんな、なんで」

「お前が好きだからだ」

まさかこんな更衣室の真ん中で告白するとは夢にも思わなかった。名字は驚いたみたいで目を丸くしている。無理も無いだろう。俺は拒まれるのが怖くて名字から一歩身を引いた。その時だった。名字がいきなり俺の首に手を回して唇を重ねた。ほんの数秒だったが俺にはとても長く感じられた。

「嬉しい……!」

「それは俺の台詞だ」

「だって私も鬼道の事好きだもん」

名字はふんわりと優しく微笑んだ。俺も嬉しくて笑みが零れる。

「鬼道の目、吸い込まれそう」

名字は額がぶつかるくらいの位置で俺と見つめ合った。

「吸い込まれて、みるか?」

「……うん!」

心の瞳で君を見つめれば、愛するという事がどんな事かわかったんだ。



(20101003)









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