洗い終えたジャージを不動に届けようと思って不動の部屋のドアを開けた。そうして私は待ち構えていた光景に身体が硬直してしまった。

「なに、してんの」

不動は床に蹲っていた。その周りにはいくつかの赤い物が点々とあった。それが血だという事はここからでもわかった。私は抱えていたジャージを落とす。

「がはっ」

不動が激しい音を立てて咳をしたから私は不動に駆け寄った。そして不動は口を押さえいた手を離した。その後ろに居た私は不動の掌が真っ赤に染まっているのがはっきりと見えてしまった。不動の首筋にはおそらく冷たいであろう汗が伝っていた。

「わ、私監督呼んでくる!」

やっとすべき事が判断出来私が踵を返した時、不動に腕を掴まれた。

「誰にも、言うな」

「なに言ってんの!血が出てるじゃん!」

「誰にも言うなっつってんだろ!!」

不動は物凄い剣幕で言ったので私は尻込みしてしまった。不動の目はいつもの他人を蔑むようなものが無く余裕も無いように感じられた。

「大丈夫……?」

「これが大丈夫に見えたら病院行け」

「だったら不動が病院行きなよ!」

不動の手が私の手首に食い込んだ。

「うるせえ、騒ぐな」

それから不動が私の手首を思い切り引っ張ったから私は不動の前に膝を付いた。

「俺は世界一になんなきゃいけねえんだよ」

私は言葉をつぐんだ。不動の世界一を目指す気持ちも解るし、でも不動の身体は誰がどう見ても危ないと思うものだ。どうにかして助けてやりたいという気持ちが私にはあった。

「いいから病院行ってよ!」

「だから言ってんだろ!俺は世界一になるんだよ!」

そして不動は目を伏せさらにそれに翳りを見せて言った。

「もう、時間がねえんだよ」

「嘘……でしょ」

不動は何も言わなかった。私の頭は真っ白になった。

「なにか、私に出来る事は無いの」

不動はまた何も言わずにそれまで握っていた私の腕から手を離した。私の腕には不動の血がべっとりと付いていた。私は思わず恐怖を感じた。手の震えが止まらなかった。それを見て不動が立ち上がり私の腕を引っ張って立ち上がらせて部屋から出た。不動が向かったのは水道だった。そして不動は口を濯いて顔を洗った。

「血、落とせよ」

身体の震えが止まらない私を見計らって不動が言った。未だ動けない私を見て不動が私の腕を洗ってくれた。

「ごめん……」

おもむろに正面の鏡を見た。私は不動以上に酷い顔をしていた。不動が水道の蛇口を止めて言った。

「さっきのやつ、頼むわ」

「なんでもするよ」

「俺の傍に居ろ」

「そんなのでいいの」

不動は私を抱き寄せた。血、吐いているのに力が強かった。

「そんなのじゃねえよ」

私は不動のTシャツの背中の部分を握り締めた。

「死んだら許さないから」

不動は自虐的に鼻で笑って言った。

「大会が終わるまでは死なねえよ」

「終わっても、死ぬな!」

最後の方の声が上ずってしまった。涙が溢れて止まらなかった。不動の方を見ると頬に一筋の涙の跡があった。それを見て私は嗚咽した。

「じゃあ俺が生きてたらさ、名字、俺の彼女やれよ」

答えの有無を待たないその言葉はやはり不動だった。

「うん、いいよ」

そう言った後、不動が私に顔を埋めて抱き締める強さを増した。不動の肩が震えていた。暫くして不動が顔を上げてすぐに私にキスをした。多分泣いている顔を見られたくないんだと思う。私は目を瞑った。

初めてのキスは血の、鉄臭い味がした。

ずっとこのまま二人で世界が回っていけばいいのに、ずっとこのまま二人で時が過ぎ去っていけばいいのに、そんな思いが私の胸を巡った。



(20101002)









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