そういえば今朝の天気予報では若いアナウンサーが「夕方から夜にかけてにわか雨の可能性が〜」とかなんとか言っていたかもしれない、なんてことを今になって思い出す。池袋の街はいつの間にか真っ黒な雲に覆われていて、大粒の雨が地面を、そして俺の体を濡らしていた。

広さの割に遊具はそこまで充実していない公園のベンチに腰掛けて、広場の外を流れるように歩く人々をなんともなしに見つめていた。しかし雨足が強まってきた今は、それすら億劫で、ただ目を伏せてじっとしているだけだ。
わかっている、ここでこうしていたって何の得にもならない事くらい。早く家に帰ってシャワーを浴びて、冷えきった身体を温めるべきだという事くらい。それなのに未だベンチを立つこともしない自分に、俺自身少なからず不思議に思っている。

数時間前、全くの想定外だったと言えば嘘になるが、会うつもりもなかった奴に出くわしたことを思い出す。いつも通りの言葉と暴力の応酬、を覚悟していた俺は、その数秒後に奴の口から発せられた言葉に暫くの間動くことが出来なかった。

「普段から最低だとは思ってたが…そこまで人でなしだったんだな、てめえは」

軽蔑した、と言わんばかりの瞳を、情けないことにただただ受けるので精一杯だった。最近は珍しくシズちゃんの怒りを新たに買うようなことは企てていなかったので、彼が何か勘違いをしていることは明白だったが、「殴る気すら起きねえ。もう池袋には来るな」と続けざまに吐き棄てられて、その声音が普段とは違って冷たくて、俺はらしくもなく何も返すことが出来なかった。

待ってくれシズちゃん、それは誤解だ!何のことだか知らないけど、俺は全く関与してないよ!そう言えば事態は好転したのだろうか。言ったって九割九分信じて貰えないだろうことはわかりきっていて、日頃の行いをほんの少しだけ後悔した。

このあっという間の出来事を、あれから何度も何度も脳内でリピートしては、雨に濡れた身体と同様に心が冷えていくのを感じていた。雨音はうるさい筈なのに、頭の中は変に静まり返っている。可笑しな話だ。可笑しいといえば、柄にもなく打ち拉がれている自分が一番そうなのだが。

伏せた瞼にぼたぼたと落ちる雨粒はやけに重い。ファーコートも革靴の中もすっかりぐしょぐしょになっていて、いっそ全てを流してくれれば助かるんだけどなあなんて考えていたら、不意に瞼への小さな衝撃たちが止んだ。瞼だけではない。頭も、布ごしの肩も、突然止んだ雨の感触に戸惑った。

代わりに、今までとちょっと違った音が聞こえてくる。ぼたんぼたんと、雨粒を勢いよく弾いていく音。この音には若干聞き覚えがあった。そう、安っぽいビニール傘の、


「こんなところで何してやがる」

思考は声に遮られた。
そっちこそ、どうしてこんな所に。
浮かんだ疑問は言葉にならないまま、ゆっくりと視線を上げる。
瞼なんて開かなくても声を聞いた時点で誰がいるかなんてわかりきっていた。それでもほぼ反射で上げた視線は、相手の目を見ることなく、首に緩くつけられたリボンタイに落ち着いた。一日に二度もあの目を見れるほど、俺の神経は図太くない。

「おい」

臨也、とかけられた声は先刻より穏やか、な気がした。我ながら都合の良い解釈だと思う。息を吐いて初めて、肩に力が入っていたことを知った。

「なに」

「風邪引くぞ」

「……俺が風邪こじらせて死んだらシズちゃんは願ったり叶ったりじゃない?」

「まあな」

「ひっどいなあ。そこは嘘でも否定してよ。そんなことないーとかさ」

「誰がんな事言うかよ馬鹿か」

「はは、確かにそれはないか。ていうかシズちゃんに馬鹿扱いされるなんて心外だな」

「だって馬鹿だろ、雨の中居眠りとか」

「居眠りじゃないよ。考え事」

「そうかよ」

「そうだよ」

「…………………………………………さっきは、」



悪かった。

ほとんど反射的に目線を上げれば、ばつの悪そうなシズちゃんの顔が視界に入ってきた。
気にしてたって、どうしてわかっちゃったんだろう。ていうかなに、まさかそれを言いに来たっていうの。

「さっきの、俺の勘違いだった」

そうだよ、今頃気づいたの?やっぱりシズちゃんは馬鹿だね。きみの事だから、また感情に任せて行動したんでしょ。少しは一般人見習った方がいいよ。ほんとに馬鹿。ばーかばーか。


「、おい、悪かったって」

だから泣くなよ、言われてからしばらくはシズちゃんが何を言っているのか理解できなかった。
そりゃそうだ、雨ですっかり冷えきった頬に今更どんな液体が流れようが、感覚が鈍ってよくわからない。それに今の流れで俺が泣く必要が一体何処にあるっていうんだ。目の前の男が申し訳なさに涙するのならまだわかる。しかし何故俺が。言われてみれば確かに目元が熱く感じられる。だからってそれは間違ってもつい今しがたの言葉に安心したからだなんてことはないし認めない、信じたくもない。

「泣いてないよ。雨粒じゃないの」

「…そうかもな」

俺の若干下手な言い訳に返事をしながら、シズちゃんの手が俺の頬に触れる。じんわりとあったかい。そのまま指が目元まで来て、反射的に瞼を閉じてしまった。目頭から目尻にかけてゆっくりと撫でられる。これはもしかしたら涙を拭く動作じゃなかろうか。だから俺泣いてないってば。

やけにくすぐったい感覚は他でもないシズちゃんからもたらされていて、違和感が拭えない。それなのに全身はどんどん脱力していくのだから不思議だ。
一方で瞼の裏側はただただ熱くなるばかりで、はっきり言ってどうしようもなかった。





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