※タイトル通り静雄の日の話
※来神高校一年生
※細かい所捏造あるかもです





来神高校に入学して半月程が経ったある日のことである。


***


何の変哲もない日の筈だった。
朝学校に行って授業を受けて、弁当を食ってまた授業を受けて放課後は喧嘩ふっかけられてキズつくって帰る、今日もそんなもんだろうと思っていた。いや正確に言えば今でもそう思っている。それにしても、入学してまだ日も浅いというのに早くも喧嘩が恒常化してしまっているという現状は如何なものなのだろうか。喧嘩は嫌いなのに。そこまで考えた俺は忌々しい元凶の存在を再認識しなければならなくなった。あんのクソ蟲野郎。あいつがいつも裏で手を引いてるのは知ってんだよ。俺に一体何の恨みがあって嫌がらせしてくるのかはさっぱりわからない。だがあの人を喰った様な表情、あれを見るに奴はきっと恨み等無くただ反応見たさに遊んでいるだけなのだ。一方の俺は会ってまだ日の浅い人間に此処まで腹を立てているのだから滑稽な話だ。全く笑えない。ああムカつく、臨也の野郎ぶっ殺──

「ねえちょっと、聞こえてる?もしかしてシカト?」

訝しげな声を向けられ我に返る。考え事はあまり得意な方ではない。今みたいにすぐ変な方向へ反れてしまうからだ。
声の主は、ここ最近ずっと怒りの矛先を向けている相手である折原臨也。そしてここは学校の下駄箱だ。登校の際には靴を履き替えるのだから此処にいるのは当然である。そう、何の変哲もない日の筈だった、のに。

「゙おはよう静雄くん゙、って言ったんだよ」

何かが少し、おかしい。


***


折原臨也は出会って間もなく、至極腹の立つあだ名で俺を呼んだ。「シズちゃん」。そんな可愛らしいあだ名で呼ばれた事なんて生まれてから一度も無かったし呼ばれたいとも思わなかったが毎日あの男は俺をそう呼んでは笑う。不本意ではあったが既にその呼び名も日常の一つになりかけていたのだ。その矢先。

静雄くん。
今朝奴は確かに俺をそう呼んだ。
友達でも何でもない奴からの呼び名が変わった、それだけのことと言えばその通りだ。胸糞悪いあだ名を止めて貰えるのはむしろ喜ばしいことかもしれない。だがそう安易に喜べはしなかった。何故ならあの男に「静雄くん」と、ご丁寧に名前に君までつけて呼ばれた時、俺は確かに普段のあだ名同様、いやもしかするとそれ以上の嫌悪を感じたからである。わざとらしく強調されたから頭にきたのかもしれない。そもそも、あの男に呼ばれるという事実がもう俺を苛つかせてやまないのだが。
また、何故今になって呼び名を変えたのか。やけに気にはなったがどうせあのノミ蟲のことだ、気紛れとかその辺りだろう。これ以上考えるのは無駄な気がした。

朝のちょっとした異常は別として、一日は至って普通に過ぎていった。授業を半分寝ながら受けて昼飯を食って、また授業を受けて帰りのホームルームを終えて、支度を済ませ今は下駄箱で靴を履き替えている。学校のある日はほぼ毎日、ホームルームが終わった途端はかったようなタイミングで他校の生徒が窓の外から喧嘩をふっかけてくるが、今日はそれがなかった。喧嘩をしないで済むのはとても嬉しい事だが少しばかり不気味でもある。そういえば今日臨也に話し掛けられたのも此処だったな。あの男は一体何がしたいのかさっぱりわからない。下駄箱を抜けて校舎から出る。そのまま歩いていれば校門の脇に臨也が立っているのが見えた。


***


「何つっ立ってんだてめえ」

素通りするつもりだったのに、自然と言葉が口から零れ出ていた。散って絨毯と化している桜の花びらを革靴で踏んでいけば、コンクリートとは違う柔らかさを感じる。目立つ学ラン姿が軽く笑った。

「何って、君を待ってたんだけど。途中まで一緒に帰ろうよ」

「……はあ?」

こいつは一体何がしたいのだろうか。つい先程も疑問に思った事を再度思わずにはいられなかった。一緒に帰る?俺と、臨也が?

「……何を企んでやがる」

「失礼だな。何も企んじゃいないよ。ただなんとなくね、」

「何が楽しくて手前なんかと帰んなきゃならねーんだよ…」

「でも拒まないんだね、静雄くん優しい!」

「…拒んだら退くのかよ」

「退くわけ無いじゃない馬鹿なの?ああそうだ静雄くん馬鹿だったよね、ごめんごめん」

「…………」

一々腹の立つ返答を寄越すこの男に殴りかかりたい衝動をどうにか抑える。喧嘩はしたくない、せっかく今日は誰にも喧嘩を売られなかったのだから。隣を歩いているこいつに今現在挑発されているのだから似たようなものだと言われればそれ迄だが。それにまた「その呼び方」か。やはり不自然な気がしてならない。新羅や他の人間にも「静雄くん」と呼ばれてはきたが、今更臨也にそう呼ばれてもはっきり言って気持ちが悪い。

「ねえ、静雄くんって今日誕生日だったりする?」

「はぁ?しねーよ」

いきなり何なんだ。今は四月で、誕生日は一月だ。近くも何ともない。この男は脈絡の無い話をふってくる事が多々あるので厄介である。それにしても何故誕生日が今日かなんて事を聞いてきたのだろうか。何か特別なことでもあっただろうか、俺には心当たりがない。

「ふうん、そうなの」

そして何がそんなに面白いのかと問いたくなる程、にやにやと笑む臨也の顔は小さな子供の様だった。


***


「あ」

「…………」

「コンビニ寄りたい、そこの」

「行きたきゃ勝手に行けよ、俺は帰る」

「えー、何か買ってあげるからさあ、ほらほら」

「……めんどくせーな」

「まあいいじゃないたまには。俺の気紛れに付き合ってくれても」

本当にこの男は気紛れで動いているらしい。これ以上抵抗するのも面倒なので腕を引かれるまま俺はコンビニに足を踏み入れた。

「何食べたい?とりあえずは何選んでも構わないよ」

「……特に無い」

「折角奢ってやるって言ってるのに…。人の好意は素直に受けるのが礼儀ってもんだよ」

お前に礼儀云々を説かれたくはない、そうつっこんでやりたくなったが止めておいた。そして臨也のそれは好意では無いだろうから素直に受けてやる義理も無い。ただ、常時金欠の学生にとって誰かに奢ってもらうという事はとてつもなく有難い事であるのは確かだ。

「……後で十倍返しとか言うんじゃねえだろうな…」

「もー信用ないな。そんなちっちゃくて詰まらないこと言わないから安心して」

「……………じゃあ」

「じゃあ?」

「……プリン」

「…え?」

「だから、プリン」

「…………」

反応がない。不審に思い横を向くと、1メートル程間隔を空けた先につっ立った臨也は、顔を赤くして俯き、声を押し殺して震えながら──笑っていた。

「おい、なに笑ってんだよ!」

「だ、ってプリン、って!っあまりに予想外、すぎてさあ…!」

ヒーヒーと息をきらしながらそう言った臨也の目は潤んでいた。俺がプリン食うのがそんなに可笑しいか。何だよ、じゃあ何て言えばよかったんだ?パンとか弁当とかの気分ではないし…どちらかというと今は甘いものが食べたかった。今でなくても大抵は甘いものに目がいくのだが。

「ふう、まあいいや…プリンね、じゃああとこれと…これも買おうかな」

「おい、そっちじゃなくて右のやつがいい」

「右?」

牛乳がたくさん入っててうめえんだよ、そう言えば臨也はまた声を出して笑った。だからなんなんだよ。


***


会計を臨也が済ませている間、俺は一足先にコンビニを出て臨也を待っていた。待ち伏せでなくただ臨也を待つというのも変な気がしたが、プリンの為なら仕方ない。しばらくして臨也がコンビニから出てきた。

「はいどうぞ。当たり前だけど家で食べてね」

プリンの入ったビニール袋を受け取る。ずっと燻っていた疑いは袋の中にあるプリンを確認して漸く消え去ったが、袋には半ば貼りつくようにして白い紙切れも入っていた。取り出してみるとそれはレシートだった。

「あ、それ捨てといて」

財布入れるとすぐたまっちゃうんだよね、等と零す臨也の声を聞き流しながらなんとなくその紙切れを眺めていれば、俺の頼んだプリンの他に、カフェオレとチョコレートを購入していたことがわかった。合計で420円。


***


その後は驚く程普通に、至って普通に臨也と並んで歩き、曲がり角で別れた。
自室に入りカバンを床に置く。プリンの入った袋は机に乗せて、そのままいそいそとプリンを取り出す。早速食べよう。そこでスプーンが無いことに気が付き、早足で台所まで取りに行く。


***


プリンは俺の知っている美味しさだった。当たり前といえばそうだが、臨也から貰った物というだけでやはり無条件に疑いたくなる。出会った瞬間に嫌いになった、あの男の存在は俺の中で早くも大きなものとなっていた。だがプリンに罪はない。牛乳たっぷりのプリンはもうあと数口分を残すのみとなった、所であることに気づく。
透明なプラスチックで出来た器の底に、何か書かれている。手書きのようだった。器を持ち上げて覗き込んでみれば、そこには雑で歪な字で「420くん死ねばいいのに」とあった。420くん。……静雄くん。そうか、俺のことか。いつ書いたのだろう、これは臨也の仕業に違いなかった。誰が死んでやるかよ。それにしても、何でわざわざ数字で。そこまで考えて、俺はこの数字に見覚えがあることに気がついた。ええと、420、420円、4…20。……ああ、そういうことか。しばらく考えて至った結論はあまりにも馬鹿馬鹿しくて、くだらない。思わず気の抜けた笑いが零れた。




「シズちゃんおはよう」
翌日そう声をかけられて少しだけ安心してしまった、ことはもちろん臨也には秘密である。



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まだ情報収集しきれてなくて静雄が甘いもの好きなことを知らない臨也くん。




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