月日は流れ、あれからもう二年経つ。

ノミ蟲のいない池袋の街はそれなりに平和だ。それに物足りなさを感じるのは己の野性的本能が原因であるのか、それとも。
…それとも、何だってんだ。
半ば自棄になりながらがしがしと頭を掻いて、昼のサンシャイン通りを一人闊歩する。

忌むべき仇敵がいなくなった今、俺には捌け口がない。
だから、二年も経ったというのにモヤモヤだのイライラだの、何時まで経ってもすっきりした気持ちになれないのだろう。居ても居なくても俺をイラつかせる、やっぱりあいつはうぜえ野郎だ。

ノミ蟲のことを思い出すといろんな感情がごちゃごちゃと溢れてくる。その一つ一つの名前を確かめるのも億劫で、これらをひとまとまりに「うぜえ気分」とした。
俺は毎日その「うぜえ気分」になっている。日常の至るところであいつの断片を見つけては、心臓あたりが掻き回される錯覚に陥る。ノミ蟲曰く単細胞である俺の頭はパンク状態だ。

大きく息を吐きながら、馴染みのファーストフード店に歩を進める。店に入る際、俺の名前を呼ぶ声があった。

「──門田」

「久しぶりだな。昼飯一緒にいいか?」



門田は何気ない様子で俺と共に店内に入り、メニューを眺めている。
高校時代からつるんでいた友人とも言える存在を前にして、どこか懐かしい気分になり、直後あいつのことをまた思い出してしまう。

高校時代、臨也はいつも門田にベタベタとくっついていた。
それを見るたび無性にイライラしたのを覚えている。きっと見るだけで暑苦しく感じたのだろう。


注文を終え会計を済ませ、トレーを持ったまま席を探す。
平日といえど昼間の店内は人も多く、ほぼ満席の状態だった。
なんとか空いたテーブル席を見つけ、共に腰掛ける。

「それにしても久しぶりだな…最後に会ったのいつだっけか」

「うーん…遠くで見かけることは何度かあったんだが…こうやって話すのは臨也の一周忌以来だな」

「あー……そうだな。もうすぐ二年経つってことは、一年近く前か」

手持ちぶさたになりシェーキを一口流し込む。冷えた甘さが喉に心地よかった。

「仕事の調子はどうだ?バーテン服ってことは、まだあのバーで働いてるんだろ?」

「ああ、最近やっとまともに酒が作れるようになったぜ。まだまだ見習いだけどな」

「そうか…もう酒を作れるのか」

その声音には、どこか安心したような、懐かしむような様子があった。
ふとそれまでシェーキを見ていた顔を上げると、眩しそうに目を細める門田の姿がある。

「っていってもまだレパートリーも少ねえしよ…どうかしたか?」

「いや、ちょっとな…」

疑問をそのまま口にすれば、相手は言葉を濁した。らしくない。伏せられた目をじい、と見つめ続けると、門田は観念したように話し始めた。







「────」

「……まあ、そういうことだ」

時間にしてたった数分の、されど長い長い、俺にとっては永遠にも感じられる話が終わった。
聞きたいことは山程あるが、頭の中がごちゃごちゃでかける言葉すらわからない。

「─…そ、れほんとか」

「ああ」

ようやく出せた声は情けなく震えていた。にわかに信じがたい話に、目の前にいる門田の顔さえ捉えられないほど視界が真っ白になる。

「………そうか」

「……俺さ、静雄のこと、羨ましいと思ってたんだ。昔から」

その言葉は、未だ放心状態な俺を更に混乱させるには充分なものだった。

「──は、俺のことを?なんでだ…?」そう問うても門田は柔く笑うだけで肝心な答えを寄越さない。

「だから今になってこんなことを言うんだろうな…もっと早く、お前に伝えていれば、」

何かが変わっていたかもしれない。
そう言った門田の顔は苦し気に歪んでいて、元はといえば俺が言わせたということを申し訳なく感じた。

シェーキのカップを手にとると、カップの表面に付いていた水滴が掌を濡らした。だいぶ温くなってしまったらしい。

依然として人のごった返す店内に、どちらともなく「そろそろ出るか、」と席を立ち、店から出てしばらく歩いた所で別れた。

昼下がりの池袋、見渡せばどこもかしこも人だらけだ。臨也が好きだと言った人間だらけだ。でもここに臨也は、いない。

職場に向かって歩く中、俺は小さな決心をした。




20110405
20111214加筆修正


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