※静雄がもしバーテンダーを続けていたらの話。
※描写はありませんが臨也が死ぬので注意。




「シーズちゃん」

後ろからかけられた声は嫌というほど聞いてきたもので、俺を馬鹿にしているとしか思えない呼び方にイライラを募らせながらも振り向いた。

「ノミ蟲てめえ…何の用だ」

「これといって君なんかに用はないけど…あえて言うならシズちゃんをからかいに来た、ってとこかな」

語尾に星でもついてきそうな口調に、早くもイライラは最高潮だった。そもそもこいつとは顔を合わせる時点でアウトだ。引きつる頬はどうしようもない。

「うぜえ殺すぶっ殺すめきっと殺す」

すぐ側にあったゴミ箱を引っ掴んでそう言うと、大仰に溜め息を吐いてこちらを見る目があった。蔑むような、見下すような目。相変わらず最低な野郎だと思う。

「物騒だなあシズちゃん。ああ怖い怖い!」

「人に刃物向けておいてよく言えるぜ…なあ臨也くんよぉ…」

相手がいつの間にか手にしていた鈍く光る刃に、内心呆れにも似た気持ちになる。昼間っからなんてモン出してやがるんだこいつは。

「これは自己防衛だよ。ていうかシズちゃん、自分のこと人間だと思ってるの?だとしたらそれは勘違いだよ」

「んだと!?」

自然と肩の高さまで掲げられたゴミ箱をノミ蟲目がけて投げつける。ひらりとかわしたヤツの遥か先で派手な音が響いた。同時に悲鳴が複数あがるが、此処から見る限り怪我人は出ていないみたいだ。
確かにこんなことをやってのけるのは自分くらいだと承知している。周りからの化物扱いにはもう慣れたが、臨也に言われるのは何故か無性に腹が立つのだ。

「まあ用がないっていうのは嘘で、ちょっと確認に来たんだ。…その服装を見ると、どうやら噂は本当みたいだね。池袋のバーテンダーさん」

「!…職場に何かしやがったらぶっ殺すぞ…」

「何かって…酷いなあ。何もするわけないじゃないか」

そう言って薄く笑みを浮かべるノミ蟲の顔を見て、新たにこめかみ辺りの血管が浮き出てくるのがわかる。
前の職場をクビになったのはノミ蟲の所為だ。正確にいえばノミ蟲による罠の所為だ。一体どの口が言っているのか。この様子だときっとまた何か企んでやがるに違いない。

「そもそもシズちゃんお酒とか作れるの?グラス割る姿しか想像できないんだけど」

「……うるせえ」

実際、まだ採用されて間もない俺は雑用係だ。その中でも、グラスを拭く作業は骨が折れる。この力故、既に何度かヒビを作ってしまったが、寛大な店長のお陰でしばらくはこの仕事を続けられそうなのだ。
だからこいつの邪魔だけは絶対に避けたい。
そう考えていたのが伝わったのかは知らないが、臨也は困ったように口を開いた。

「安心しなよ。もうシズちゃんの邪魔になるようなことはしないから、さ」

見間違いだろうか。そう言った臨也の表情は、例えるなら、泣き出してしまいそうな小さい子どものそれだった。ノミ蟲に限ってそんな人間らしい表情をするとは到底思えないものだが、一瞬のそれは俺の脳裏に鮮明に焼き付いた。

「っ、おいノミむ、」

「じゃあねシズちゃん、せいぜい今の職場をクビにならないよう頑張りなよ」

臨也の僅かな異変に思わずかけた声は、俺を前の職場からクビにした元凶による理不尽な言葉に呑まれた。
その表情は既に普段の憎たらしい笑みに戻っていて、すっかり調子を狂わされた俺はノミ蟲を追いかけることもできずただその背中を眺めていた。






それから数日後、臨也は死んだ。




仮にも同窓生なんだから、と新羅に説得され、俺は仇敵の葬式に参加した。
誰からも好かれていない奴だと思っていたが、式では終始啜り泣く音や嗚咽が聞こえて、俺は場違いなのではないかと感じた。
ずっと消えて欲しいと願っていた奴が死んだ。あの鬱陶しさから解放されたと喜べるはずなのに、それとは別のモヤモヤした何かが心中を支配した。
額の中の臨也は、俺の大嫌いだった胡散臭い笑顔ではなく、割と自然な笑みを浮かべていた。こんな表情、俺には一度だって向けられたことはなかった。それ以前に、あいつがこんな人間らしい表情をするのは知らなかった。まともな会話も碌にしなかったから、それもある意味当然だろう。
だが、知らなかったと言い切ってしまえば嘘になる。
臨也が病気で死ぬ前、最後に会ったとき浮かべた表情は人間らしかった。見間違えたかと思った、あの泣き出しそうな表情。臨也は、俺が思うより人間だった。
もどかしい。歯痒い。悔しい。苦しい。何より腹が立つ。何故だ?
交ざりあう気持ちに叫び出しそうになり、代わりに自分が座っていたパイプ椅子を勢い良く蹴り上げて式を後にした。




20110403
20111214加筆修正


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