※イザデレ
※甘すぎて別人注意




「この家立て付け悪いねー。一体どこからこんな冷気が入りこんでるんだろう」


寒い寒い、ある冬の日のこと。
シズちゃんの家に上がり込んでまず感じた寒さに、思わず体を震わせる。
普通は屋内の方が、北風吹きすさぶ外よりは幾分か温かいはずだ。このアパートは俺の普通の枠を越えている。俺は思ったことをそのまま口にした。

「シズちゃん」
「あ?」
「…寒いんだけど」
「あー……悪いな、これでも着てくれ」
「………」

俺とシズちゃんは所謂恋人同士だ。
恋人と言っても、犬猿の仲である事実はそう簡単に消えることはなく、会えば暴言と暴力の応酬という日常であることに変わりはない。
恋人というものをチョコレートに例えるとしたら、俺達はカカオ含有率97パーセントほどのビターチョコレートだろう。ここまでくると苦味が強すぎておいしくない。苦味を好む人もいるだろうけど俺はもう少し甘くてもいいと思う。まあ、女みたいな例え話はこれくらいにしておこう。
それでもこうやって、時々シズちゃんの家に行く。街中で会うよりは大分おとなしく優しい相手に心が浮き立つのを感じ、顔に出ないよう努めた。
ここで「ありがとう」といってシズちゃんの優しさを素直に受けとるのもいいが、俺が求めているのはもっと違うものだ。
渡されたバーテン服のベストを握り、慎重に言葉を紡ぐ。

「…そうじゃなくて」
「あ?…じゃあなんなんだよ」
「……、だから、寒くて堪らないからシズちゃんがあっためてってことだよ…っ」
「……………」
「……………」

ここまではっきり言うつもりはなかったのだけれど相手が相手だ、仕方がない。鈍すぎて嫌になる。これだから童貞は困るんだ、と心中で叫んだ。口には絶対出せないけど。

シズちゃんの顔は面白いくらいみるみる赤くなっていく。おそらく俺の顔もこのくらい赤いのだろうとどこか客観的に思った。視線はシズちゃんの目から逸らさない。
風に窓ガラスがガタガタと震える音がした。冷気はおそらく窓の隙間から入り込んでいるのだろう。

「……誘ってんのか」
「…そうだけど。悪い?」

厳密には誘っているのとは違った。
体を繋げたくないわけではないが、今欲しいのは目の前の男の単純な温もりである。
だからといって、成人した男が「抱き締めて」なんて女々しいことを言うのは些か気持ちが悪いし、何より癪だった。
寒くてたまらないのも事実だ。でも本音は、気温も性的欲求も関係なく、シズちゃんの体温を感じたかった。結局は女々しいんじゃないかという己の中の意見は流すことにする。

「……他の奴には言うなよ、絶対」
「え?」
「だから、…俺以外の人間にあっためてとか言うんじゃねえぞ」
「はぁ…?」

そんなこと、シズちゃん以外になんて言うわけがないじゃないか!
そう怒鳴ってやりたかったが、それじゃああまりに俺がシズちゃんに依存してるみたいで悔しかったので、代わりに挑発してやることに決めた。

「……シズちゃんてやっぱり馬鹿だね。俺以外の人間って、シズちゃんそもそも人間じゃないし」
「…んだと」
「冗談だよ、ジョーダン」
「………」
「………」

俺の望みを知ってか知らずか、そろり、ぎこちない動作でシズちゃんの腕が俺の背中に回される。シズちゃんは変な所で鋭い。
街中で自販機を投げている腕とは到底思えない、優しすぎる抱擁である。力が入りすぎないよう注意してるんだろうなあなんて思ったら不意にたまらなく愛しくなった。顔に集まる熱をどうこうする気にもなれない。

先程まで感じていた寒さはおさまったが、シズちゃんの腕の中にいる今、「寒くなくなった」と言う気にはなれなかった。
窓は依然として震えている。その音がどうか、俺の心音を掻き消してくれていることを願った。





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