※静→→→臨
※ベタですすみません




喧嘩の延長で始まったこの不毛な関係は、果たしていつからだったか。誘ったのは俺からだったかシズちゃんからだったか、何一つ覚えていない。
どうでもいいと思ったことは直ぐに忘れてしまう効率の良すぎる頭が、それでも思いだそうと暫く藻掻いて、やめた。思いださなくても、大体は想像できる。俺が興味本位で挑発したか、どちらともなく雪崩れこんだか、そのあたりだろう。

手持ちぶさたになり、緩慢な動作で既に触れていたシーツを握る。事後特有の怠さに支配されつくす前に、少しでも体を動かしたかった。
使い慣れたベッドに仰向けになったまま、ふー、とゆっくり息を吐く。吐ききる前に腹の奥が疼いたのをどこか客観的に捉えて、ベッド脇に腰掛けている男に顔を向けた。

シズちゃんは、行為後いつも端に座って、何をするでもなく黙ってじっとしている。そうやって暫く経って、やがて足元に脱ぎ散らかされたズボンを拾ってポケットを漁り、安っぽいライターと煙草を取り出して火をつける。それが行為終了の合図だと言うかのように、それまでの数分間、互いに口を開くことは今までなかった。特に最近は、シズちゃんのじっとしている時間が長くなったような気がする。

何も纏っていない身体は、とてもあの怪力を発揮出来るとは思えない程に、普通だった。見るたびに奇怪だと感じる。そのくせ、少し猫背の後ろ姿には哀愁が漂っていて、人間臭い。
君のそういう所が嫌いなんだ。化け物なら化け物らしくしていればいい。いつだかそんな事を言ったのを、ふと思いだした。そのときこの男はどんな反応を見せたっけ。確か、期待通り化け物らしいリアクションをしてくれた気がする。それすらもう、曖昧な記憶でしかないけれど。

不意に話しかけてみたくなって、背中に声を投げつけた。

「また中に出したね。後々面倒なのは俺の方なんだけど」
「……」
「…シズちゃん」

静かに名前を呼ぶと、ゆっくりと振り向く顔。寄せられた眉の下にある二つの瞳は、影を纏っていて、辛そうだ。何故だろう。

性欲処理という互いの不可避な行動目的が合致したからこそ、こんな非生産的な関係がここまで続いているんだろう。いがみ合う二人がわざわざこんなことをするのは、それなりにプラスがあるから。
それなのに、どうしてこの男はこんなにも苦しげなのか。

沈黙が部屋を包む。やがて、ああ、と合点した。女が出来たのか。

シズちゃんに限ってそれはないかとも思ったけれど、最近一緒に仕事をしている金髪の女──確かにあの女ならシズちゃんの力に恐れて逃げるようなことはないだろう──とか、他にも、俺の知らない間に恋人でも出来たのかもしれない。そうでなくても、この様子では、誰かを焦がれているのは確かだ。なんで今まで気付かなかったんだろう。

行為中、こいつは臆病な程に優しく俺に触れる。俺が「気持ち悪い」と文句を言っても、僅かに眉を寄せるだけで、それが変わることはなかった。あれは、頭の中で別の誰かを思い浮かべての行動だったのだ。
行為後のあの背中も、誰かを想っていたのか、それとも俺と関係を持ったことに後悔していたのか…いずれにせよ、腹が立った。
別の誰かの代わりにされるのは御免だし、シズちゃんが俺に゙付き合ってあげている゙なんて意識で関係しているなら、俺のプライドに傷が付く。

「あのさあ、シズちゃん。女が出来たなら言ってよ。そんな嫌そうな顔してまで毎回来られるのも迷惑。君の怒った顔はなかなか見飽きないけど、ちょっとその病人面は勘弁してほしいなあ」
「女……?」
「あれ…もしかして男?まあいいけど。とにかくさ、」

こういうことするの、もうやめよう。
シズちゃんの目が見開かれるのを、なんとなく視界の隅で確認しながら、顔を天井に向けた。
俺は優しいなあ。この関係を利用してシズちゃんを内側から苦しめ、縛ることだってできるのに、条件も無しに解放してあげるなんて。

「…なんにも、」
「え?」

しばらくして、沈黙を破ってポツリと呟かれた言葉に、天を仰いだまま聞き返した。

「なんにもわかってねえんだな、手前は」

ゆっくりと絞りだされた言葉を疑問に思って、再び振り向く。
──なんだ、その顔。

さっきよりも辛そうな、何かを堪えているような表情。鷲色の瞳とぶつかる。絡まった視線に焼き殺されそうだ。
そんな泣きそうな顔して、わかってないって、何が。

閉めきられた部屋、物音を待ち構えているかのような静寂の中で、ただ困惑した。放心状態の俺に痺れを切らしたのか、再び相手が口を開く。

「女?別の誰か?勝手抜かしやがって…俺が今までどんな思いで手前を──っ、わかれよ…!」

怒鳴るというよりは、訴えるような。細められた両眼は切々としていた。
シズちゃんがわかってて俺がわかってないことなんて、あるの?
頭の中に、状況にそぐわないのうてんきな疑問符が浮かんだ。普段よく動くこの口が、どんな非常時でも自然と自らに有利な方向へ周りを導けるこの口が、固まったように動かない。黙っていれば何事も後手に回ってしまうことなんて百も承知だが、一体この男に何と返せば良いのだろう。
そうこうしているうちに、また、形の綺麗な唇が歪んで音をこぼす。

「ほんとに、…ずりいよな、手前は」

両耳の鼓膜がふるえる。そうやって脳に送られた声は、涙の色をしていた。

ずるい、か。
今まで生きていた中で、幾度となく言われた言葉。言われる度、たとえそれが嫌味であろうが悪口であろうが、どこか満ち足りた気分になった。゙狡ざという、自分を構成する要素が確立されていく気になったからかもしれない。しかしこれは、逆だ。
積み上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れ、消えていく。今までのどの「ずるい」とも違った。初めて、心臓が抉られたような錯覚に陥る。こんな思いをさせるシズちゃん、君こそ「ずるい」よ。

再び生まれ始めた静寂の圧を前に、今度こそ口を開く。

「なんで泣いてるの、シズちゃん」
「……泣いてねえ」

強がりも大概にした方がいい。涙こそ出てはいないが、ぐしゃぐしゃでみっともない泣き顔を随分前から披露していることに、当事者は気づいていないのだろうか。
そんなみっともない泣き顔が近づいてくる。視線は逸らさない。唇が触れる。祈るような口付けだった。

「なんでキス、するの」
「…いい加減わかれって」

時間にしてたった数秒のそれが永遠に感ぜられたのは、なぜだろう。目の前で呆れたように溜め息をこぼす男の鼻筋だとか、眉間のしわ、傷んだ髪の毛、息遣い。彼を構成する全ての要素が、俺の心の奥底をゆさぶるのは、なぜ。

シーツを手繰りよせても、出来の良いはずの頭をフル回転させても、こればかりはどうしてもわからなかった。






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