真田

どうしてこんな状況になってしまったのだろうか。

私の前の机には、訳の分からない数式で埋めつくされたプリントと、シャーペンと消しゴム。あと、たくさんの消しカス。
さらに、私の前に向かい合わせでくっついた机には、学校内で女子に爽やかと評判な真田先生。先生は、頬杖をついて私を見つめている。その目がどうした?と問い掛けていた。

話は変わるが、数学っていうのはそんなに大切なことなのだろうか。
人生において、こんなに文字ばっかり入った式の答えを求めろなんてことは無いと思うのだ。小学校の足し算から割り算まで出来てれば、生きていける。
だいたい、この数字と文字の羅列は何語なんだろう。少なくとも、私が得意な国語じゃない。ディスイズノット日本語。

「はい、現実逃避してねーでさっさと解けー」

ぺしりとノートらしきものに、頭を叩かれる。
何するんですか、と文句を言えばお前こそさっきから何してんだ、と呆れた顔をされた。私にとっての数学の価値を考えていたのだけど、現実逃避に捉えられたらしい。悲しいことだ。

「……あのな……」
「……はい」
「お前、何でこんなに数学の出来悪いんだよ」
「努力はしてます」
「棒読みじゃん」

おっかしいな、会心の演技だったのに。何故だと首をひねる。
それを見た先生は、ため息をついて一つの数式を指差した。

「これ基本なんだから、これ出来れば他も出来るだろ」
「……出来ますかね」
「やれ」
「はい」

真田先生は、赤ペンを使って数式を解きながら私に説明していく。これをこうして、そしたらこうなるだろ? ふむふむ。そこまで出来たら出来るだろ、ほら。……ふむ。
適当に相槌をうってみたものの、正直分からない。何でそうなるんだ。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、先生は手を額に当てて深い深いため息をこぼした。

「また追試になるぞ」
「覚悟は出来てます」
「おい」

鋭いツッコみを入れてきた真田先生は、さらに私にでこぴんをくらわせた。
……っ痛い……! 思ったより痛い……!
額を押さえて痛みに悶えていると、先生が仕方ねぇなと呟いた。涙目になっているような気がするのは、気のせいだと思い込んで先生を見る。

「追試受けなくてすんだら、ご褒美やるよ」
「えっ、何ですか何ですか」

ご褒美という言葉に反応すれば、先生は口角を上げた。腕を組んで、そうだなーと考える素振りを見せる。
そして、何か思い付いたのか私に向き直った。

「……購買の、いっつも売り切れてるメロンパンとか、な」
「え、あの幻の……!」
「そ、幻の」

巧く釣られてるような気がしないでもないが、やっぱり気のせいだと思い込もう。
俄然やる気が湧いてきた私は、シャーペンを持ち直した。頑張ります!と宣言して、プリントのごちゃごちゃした数式に、取り組み始める。

そうして、数十分後。
終わった……。そう呟いて、シャーペンを手放す。ご苦労さん、と労いの言葉を私に掛けた真田先生は、早速プリントに目を通し始めた。机に突っ伏す。

「…………おま、やれば出来んじゃん」
「やれば出来る子なんですよ」
「最初からやれ」

ごもっともですが、それが出来ないんですよね。人間って難しいもの。
すると、先生は何かごそごそとあさり始めた。なんだなんだと顔を上げた私の口に、何か突っ込まれる。

「んぐ、」
「はい、ご褒美」

変な声が出てしまったことはともかく、どうやら私の口の中に入っているのは飴玉らしい。いちご味だ、美味しい。
……美味しいんだけど、さっきの言葉が引っ掛かる。

「……ご褒美って、もしかしてこれですか」
「もしかしなくても、それだぜ?」
「騙したー!」

飴玉を舐めながら、真田先生に向かって叫んだ。先生はとても爽やかな笑顔で、これまた爽やかに言い放つ。

「騙してなんかないけど」
「メロンパンって言ったじゃないですか、しらばっくれないで下さいよ!」
「それはあくまで“例”の話」

そう言われて、会話を思い出してみれば、…………確かに。パンがご褒美だとは、言ってない。くっ……。
ケラケラと笑っている真田先生を睨みつけながら、飴をゆっくり舐める。

「まぁ、それも美味いだろ?」
「……そうですね」

素直に頷けば、先生は私の頭を撫でる。よく出来ました、という台詞つきだ。
飴を舐めると、じわりといちごの甘さが口の中に広がる。メロンパンは惜しいけど、先生の言う通り飴も美味しかったから、何となくゆっくり舐めた。多分、十分ちょいは持つだろう。

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