原田

チャイムの音を遠くに聞きながら、屋上……と見せかけて、屋上に続くドアの前の階段に座る。
残念ながら、うちの学校は屋上が開いていない。というか、屋上が解放されているのなんて、漫画の中だけではないだろうか。

薄暗い中、壁にもたれかかると目を閉じた。
保健室のほうがベッドがあるから、当たり前だけど寝心地が良い。でも、私の場合昨日も行ったから多分怪しまれる。
あー、眠い……。
意識が遠くにいくのを感じた瞬間、私の眠りはある人の声により、妨げられた。

「……おい」

眠いと思いながらも瞼を押し上げ、階段の下のほうを見下げると、思った通り原田先生が立っていた。
いつも不機嫌そうに寄っている眉が、一段と寄っていることと、声のトーンが一回り低いことからお怒りなのが見てとれる。

「サボりか」
「……平たく言うとそうなりますね」
「どう言ってもそうなるだろ!」

ここの階段は狭いため、よく声が響く。原田先生の怒鳴り声も怖さ倍増だ。
ったく、と呟いて、先生は私が座っている段まで登ってきた。立場が逆転し、今度は先生を見上げて、へらりと笑ってみる。
呆れた視線を私に向けると、先生は隣に座った。

「先生も授業サボりですかー?」
「んなわけねぇだろ! 次、無ぇんだよ」
「あ、ですよねぇ」

右手に持っている数冊のノートは、誰か提出が遅れた分だろう。ノート見ないで良いのかな。

「とっとと授業行け、みょうじ」
「嫌です」
「……なんでだ」
「今、教室入ったらかなり気まずいじゃないですか」
「だったら最初からサボるなよ……」

てへ、と舌を出してみると、避ける暇もなくチョップされた。
チョップ選手権で優勝できるくらい、綺麗に決まったチョップはかなり痛い。ところでチョップ選手権ってなんだろう。

「……またバカなこと考えてんだろ」
「またってなんですかー」
「そのまんまの意味だ」

バカなことと言えばバカなことかもしれない。
膝の上に肘をつき、その手で顎を支えながら原田先生を盗み見る。先生は難しい顔をして、ノートをパラパラと捲っていた。なにか難しい問題でも書かれているんだろうか。

「……先生って彼女いるんですかー?」
「あ?」

冗談混じりに訊いてみれば、相変わらずな不機嫌そうな声が返ってきた。ノートに向けられていた視線が、私のほうへ向く。
原田先生の目に私が映っているのが見えた。

「何言い出すんだいきなり」
「気になったので」

率直に理由を伝えると、先生はため息をついた。それから、いねぇよと呟く。
答えてくれるとは思わなかったため、少し面食らった。てっきり、大人をからかうんじゃねぇとでも言うものだと思っていたから。

「……ねぇ、せんせー」
「なんだよ」
「お弁当、今度私が作ってきたら食べてくれる?」
「……は?」

今度は先生が面食らう番だった。
驚いた顔をして、私をまじまじと見つめる。私も見つめ返すと、再びため息をつかれた。
そのまま、視線は外される。

「……あんまり大人をからかうんじゃねぇ」
「あ、それ言うと思いました!」
「そうかよ」

特に驚かない原田先生は、私がそう思うことを分かっていたかのような様子だった。
多分、そうなんだろう。私も、先生の思っていることが分かるときが何となくある。
何だか心地良くて、保健室のベッドで寝ているより先生と話すほうが好きだった。いっつも難しい顔してるけど。

「先生、好きなおかずあります?」
「……マジで作ってくるつもりか」
「もちろんです!」
「…………不味かったら食わねーぞ」

予想していなかった言葉が聞こえて、え、と声をもらす。左手首の腕時計に視線を一度落としてから、腰を上げた先生を思わず目で追い掛けた。
その言い方だと、美味しければ食べてくれるのかな。私もゆっくり立ち上がれば、ニヤニヤしてんなよと額を軽く叩かれた。

「私、これでもお弁当自分で作ってるんですよー」
「そりゃ意外だな」
「え、ひどい」

地味にショックを受けながらも、チャイムが鳴る音を耳に受け教室に戻らないとな、と考える。嫌だな、次もサボりたい……と、そんなことを思っていたら、どうして分かったのか原田先生にダメだとぴしゃりと言われた。

「ちぇー」
「さっさと戻んねぇと遅刻するぞ」
「はーい」

大人しく戻ろう。
階段を降りようとすれば、原田先生が笑ったのを私の目が捉える。振り向いたら、そのまま、先生は一段上から大きな手で、くしゃりと私の髪を撫でた。乱暴なような、優しいような手つきに、思わず目を細める。
それだけで、心が跳ねるから先生の手ってすごいものだと思う。だけど、そう思うのは私だけなら良い。

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