御幸

みゆき先生と聞くと、女の先生だと思ってしまうが、我が校のみゆき先生は、れっきとした男だ。

御幸先生。
黒縁眼鏡を掛けた、所謂イケメン。歳は、まだ20代前半だろう。
しかも、まさかの家庭科の先生だ。
パッと見、理系なのに(勝手な印象)家庭科というギャップ(?)に、かなりの女子がやられた。

さっきも、家庭科の授業の後の御幸先生はクラスの女子に周りを見事に囲まれていた。
どうやら先生に、実習で作ったお菓子を渡そうとしているらしい。御幸先生の授業で作ったものを、御幸先生に渡すなんておかしな話だと思う。


「お、みょうじじゃん」
「……げ、」

噂をすればってやつだろうか。爽やかな笑顔を貼り付けて、御幸先生は私の前に現れた。
そして、何の断りも入れずに私の座っているベンチの隣を陣取った。
お茶を飲みながら、先生をじっとり見つめる。

「つか、反応ひどくない?」
「…………別に、そんなことないと思いますよ」
「間がすごく気になるんだけど」
「気にしたら負けです」

投げやりにそう言えば、御幸先生はいつものように歯を見せて笑う。私は、食べかけのパンを一口かじった。
今更だけど、ここは中庭のベンチだ。かなり古いのだけど、よく見れば丈夫。
良い具合に木があるから、日陰になっていて涼しい。知る人ぞ知る、お昼ご飯スポット。
……春は毛虫に気を付けなきゃだけど。

「みょうじ、いっつも誰と食ってんだっけ?」
「普通に友達と食べてますよ」
「その友達は?」
「彼氏に、実習で作ったお菓子を渡しに行くそうです」
「あぁ」

なるほど、と呟く先生。
私は最後の一口を飲み込むと、パンが入っていたビニールの包装を結ぶ。目の前に先生がいるのだから、ポイ捨てするわけにもいかず、カーディガンのポケットに突っ込んだ。
いや、先生がいなくてもポイ捨てなんてしないけどね。後で捨てよう。

「パンばっかだと栄養偏るぞー」
「おにぎりも食べてますもん」
「そういう問題じゃねぇだろ」

家庭科の先生らしくそんなことを言う先生に、反論してみる。
思った通り苦笑いを見せた御幸先生は、私の頭をくしゃりと撫でた。昔野球をやっていたという、大きな手はごつごつしていた。

「あと、カーディガン暑くねーの?」
「暑いですけど、日焼けしたくないです」

肌が弱くて、黒くならない代わりに焼けると赤くなってしまうのだ。それが嫌なため、私にとって長袖と日焼け止めはいつでも必需品だ。
そういえば、結局先生はあのお菓子たちを貰ったんだろうか。
よく考えたら、あれ全部同じ味じゃないのかな。だって、同じ材料だし同じ作り方だし。
なんて、可愛くないことを考えながら訊いてみる。

「……先生、さっきのお菓子貰ったんですか?」
「んー、さぁ?」

曖昧に答えを濁した御幸先生は、飄々とした笑顔を見せる。
気にはなったけど、私が首を突っ込むことじゃない。そう考えて、どうしてかもやっとした気持ちは無視した。

「みょうじは誰かにあげんの?」
「……今のところ予定は無いですけど」
「ふーん、なら良いか」
「…………はい?」

小さかったけど、確かに耳に届いた意味深な言葉に思わず訊き返す。
何が言いたいのか。この教師の考えていることは、全然分からない。
だから私は御幸先生が苦手なのだ。

「いやー、みょうじが失敗してたら食ったやつが可哀想だなと思って」
「な、失敗してませんよ!」
「はっはっはっ」

失礼な一言を容赦なく放った御幸先生を、睨みつける。
失敗はしてないはず。……多分。
だって、ちゃんと味見したし。美味しかったし。

「嘘だって。そんな目で見んなよ」

けらけらと笑いながら、御幸先生は私の頭を軽く叩いた。
別に痛くはないけど、何となく頭を押さえる。すると、私の頭の上の手に(ややこしい)何か乗る。
それを手に取って確認してみると、綺麗にラッピングされた袋だった。しばらく見つめてから、御幸先生に視線を移す。
だって、これの持ち主は彼しか居ないだろう。

「……なんですか、これ?」
「俺が作ったやつ」
「……」
「なまえちゃんにあげる」
「……っ、な」

そう言うと、先生は口角を上げた。
さっきまでの意地悪な笑みじゃない優しい笑みと、名前で呼ばれたことに少なからず動揺する。かっと顔が熱くなった。
なんで。御幸先生に名前で呼ばれたことなんてないし、呼ばれている子も見たことない。

「…………っどういうつもりですか」
「……さぁ? 考えてみて下さい」

その教師じみた言い方に、袋を握り締める。ずるい。
こんな風にいつも飄々としていて、風みたいで、だから私は御幸先生が苦手だったのだ。

校舎で、チャイムが鳴る音がした。
行くか。そう呟いて、先生は立ち上がると同時に私の髪をまた撫でる。
再び、頬が熱を持ったのは、こんな暑いっていうのにカーディガンを着ているからだ。そう言い聞かせながらも、私はさっきの問いの答えを頭の隅っこで考えていた。

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