シャッフル! | ナノ




「!!」
『だから頂戴よ』『彼を利用してるお前なんかより』『彼は僕の理想<たったひとつ>になるからさ』
「……ちょ、長者原君はものじゃない!」
『ふーん、あっそう。じゃあ君に確認取る必要なんてなかったね!勝手にするね!』『ばいばーい』
「…………!!」

気持ち悪いくらいの正論で全てをない交ぜにかき乱してぐちゃぐちゃにしておいて、良いも悪いもなかったことにして、球磨川禊はその場を後にする。人懐こそうな、しかし懐かれれば終わりの笑みを浮かべ―――晴日に背を向けて歩いていく。行先など分かっている。彼のフットワークの軽さは聞き及んでいるし実際に体験もした。行きついた先にいる彼は、自身の責務を全うするために生きているような頭の固い男である。不正など決して許さないし、させない。しかし、本当に本当は、寂しがりやだということも、知っている。影に徹していても、本当は誰かに覚えていてほしいし、不公平に愛してほしい。
そう望んでいることも、晴日は知っている。
心の奥底に、鎖でがんじがらめにして沈めてあるその気持ちを、もしかしたら、万が一、億が一、兆が一…球磨川禊なら、たった一本の細い糸でも引き揚げてしまうかもしれない。そんな事態を想定してしまうことそのものが彼に対する冒涜だと分かってはいても。そんな事態を危惧してしまう自分の気持ちだけはどうしようもない。
もし、もしもそんなことがあったとしたら。…彼は幸せなのかもしれない。奥底とはいえ、それは彼の持つ望みなのだから。しかし、表舞台に立って皆に愛される彼は、本当に晴日の知る「彼」なのだろうか。違う。
違う違う違う違う。そんなものは、見た目が同じなだけの別のナニカだ。
長者原融通が、長者原融通でなくなるかもしれない。

「―――――――ッ……」
その考えに至ったとき、春日晴日の思考は完全に停止した。煮えたぎって沸騰したどろどろの何かがあふれだす。それ以上を考えたくなかった。想像することを拒絶していたのだ。


「あ、あげません!」


でも、身体は止まらなかった。

「球磨川先輩に、なんて、絶対!あげませんから!」

否、思考が停止したために、感情のみでその言葉を吐き出した。いつになく必死の形相で、顔を赤くして眉根を寄せた、普段からは想像もつかない我慢ならないといった面持ちで、春日晴日はあろうことか球磨川禊に宣戦布告をしたのである。混沌より忍び寄るそれに、真っ向から自分の弱さを突き付けたのだ。

『あげないったってさあ…』『…彼は君のおもちゃじゃないんだよ?』『なんてひどい奴なんだ』『人を何だと思ってるんだい?』
「…それでもあげない。わたしはあげないから!」
対する球磨川は、濁ったその丸い目を大きく見開いて、一瞬、動きを止めた。
弱い弱いとてつもなく怖がりな子供の、独占欲の塊を投げつけられてなお、球磨川は笑いながら『やっぱり、そんな弱い君はこっち側だぜ晴日ちゃん』と言い残して去って行った。

後に残された晴日は、何が起こったのか分かっておらず、放心状態でぺたりと廊下に座り込んだ。それでも、ゆっくりと湧きあがってくる実感に、手足がかたかたと震えだしてようやく先ほどの出来事を理解した。ともすれば涙があふれそうだった。いや、真に理解などできてはいないのだが、とてつもなく恐ろしい何かがついさっきまでそこにいて、自分の大切な彼を目の前から攫って行こうとしたのだという事実はぽっかりと晴日の心の中に穴をあけるのに十分だったのだ。受け容れて受け容れて、安穏と過ごしてきた晴日にとってそれは天変地異よりも衝撃だった。長者原が自分に微笑みかけてくれることがなくなる。たった、それだけの事実に震えは止まらない。この気持ちが湧き出る心の奥底から晴日は『恐怖』していて、選挙管理委員会室にいる長者原を見つけるまで、震えは止まらなかった。

たった一つの孤独な心臓
(わたしはどこにもいかないからここにいて。)


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title by カカリア様より。


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