シャッフル! | ナノ




病院からの帰り道。
二人の間に会話はない。これは特に珍しい事ではない。しかし、長者原が思い詰めたような面もちで黙り込んでいる…これは、今までに無かったこと。
晴日もそんな長者原を少し気にする素振りを見せていて、どうしていいのか分からずに懸命に何とかしようとしてみるのだが、自分の中の引き出しはまるでからっぽで、最後に残された選択肢は『黙る』だった。

「…あの、春日さま」
「ん?」

ふいに、長者原が沈黙を破った。

「先程の…球磨川さまの頼みの話なのですが…」
「うん?」

「………その、もし、わたくしめの補佐をしていなければ…−十三組に、入っておられましたか…?」
「え?」

そうなっていたかもしれない―――推量でこれほど寒い思いをしたのは初めてだ。
理由は分からない。いや、学園の日常を守るべき委員会連合関係者なら危機感を抱いてしかるべきだ。別にどうということはない。どうということは。
なら、何故こんなにも心が静まらないのか。

「どうして、そんなこと聞くの?」
「…っ。出過ぎたことを言いました。申し訳ありません。忘れて下さい」
「そうじゃなくて。どーして、そんなこと聞くの?長者原くんは、どう…」
「いえ。只の興味本位でございます。わたくしめは春日さまを止める権利を有していませんし、晴日さまもわたくしのいうことに従わねばならないという義務もございません」

まくし立てるような早口で、よく噛まないものだと感心されるような速度で長者原は言い切った。

「義務とか権利とか…どうして、そんな…」
「っ、選挙管理委員会は、いついかなる時も公平公正でなくてはなりませんので…」
「…………。球磨川先輩は、きっと優しいし、−十三組のみんなとも、きっとやってけると思う。でも、私はやだよ。みんなが抹殺されるなんて、やだ。
雲仙くんも廻栖野ちゃんたち…長者原くんも、抹殺されるなんてやだよ。
だから、私は黒神ちゃん達に勝ってほしい…!」
「春日さま…」
「長者原くんは、私が球磨川先輩についても…きっと、何も…」

―――何も、変わらないよね。

せいぜい、晴日が寝返ったことにより生じる危険に備えるだけだろうと。
苦しげに眉を寄せた、瞬間。



「行かないで下さい…!」


上擦って、掠れた声。
手を握られて、必死に懇願されている。
長者原融通という、人間に。

震える声と手で、引き留められている。

その行動は晴日の思考回路を止めるには十分すぎた。頭の回転が追いつかない状況に鼓動が早くなって、目を白黒させることしかできない。


「い、行かないよ。どこにも行かない、よ、わたし…」

それは、珍しく晴日が発する『意志』
春日晴日に、最も欠けているもの。


「…いえ、あの、今のは箱庭学園委員会連合の関係者として…」

長者原は長者原で我に返ってあたふたと言い訳を始めようとしていて。
晴日はそんな彼をきょとん、とした顔で見つめて、吹き出した。

「へんなの」
「……」

そんなに簡単な一言で片づけられては、長者原はなんとなく納得いかなかった。
しかしそれ以上に今この状況はすごく気まずい。
今の関係の一線を、越えてしまったろうか。無論、晴日はそんなこと気にもしないだろうが。長者原側がよろしくない。色々と。上司や友人に知られようものならなんと言われるか。
もんもんと眉間にしわを寄せながらそんな事を考えていた長者原の悩みなど吹き飛ばすように、晴日は言った。


「やっぱり私、長者原くんのこと全然わかんないや」


表情を甘く、とろかして笑いながら。



またたきの花をあげるよ

(というか、沖縄から帰ってきたのはつい昨日の話なのですが…)
(うん。だからここに来る前に)



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タイトルはカカリア様より

夏休みの話はまだまだいっぱいあります(笑)

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