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またある日。
いつも通りになんでもなく、晴日は校内を清掃していた。
広大なこの学園を綺麗に維持するにはいくら時間があっても足りない。
今日は、殆ど使われていないが為に掃除されずに放置されている十三組の教室を掃除している。通常、各クラスごとに掃除当番が割り当てられているが、『異常』にそんな常識が当てはまるはずがない。というか、この教室を使用しているのは現在雲仙1人である。
彼が掃除をするわけもなく、うっすらと教室の隅に埃が目視できた。
1人だが掃除をおざなりにするわけには行かない。
美化委員会に所属してからはいつも持ち歩いている掃除七つ道具一式と三種の神器(こんな名前をつけているのは確実に廻栖野の影響だろうと真黒は分析している。)で、これから晴日の清掃が始まる。
黒板に溜まったチョークの粉と、それにまみれた黒板消しがこの教室が使用されていることを賢明に伝えている。
まずは神器1『使い捨てマスク』を装着する。
そして窓を廊下側もすべて開け放ち空気を入れ換える。
備え付けの黒板消しをある程度クリーナーで粉を吸い取ってから黒板を隅まで綺麗にし窓の方で叩くともうもうと粉塵が舞う。
粉受けに溜まった色とりどりのそれを七つ道具1『はたき』で下へすべて落とす。
そして一つ一つ机と椅子を下げてから七つ道具2 ほうき で床の目に沿って丁寧に掃いていく。
柱にゴミを寄せて机を戻そうとした晴日は、珍しいものを見つけた。
筆箱だ。
毎日三十人以上が使用する教室ならともかくとして十三組の教室で忘れ物を発見するなんて、初めてだ。いや、一度二年の教室で見たような見ていないような…………………。
…………とにかく、忘れてしまったのだからそういうものなんだろう、と晴日は納得して筆箱に触れようと手を伸ばした。
「申し訳ございません。わたくしめの私物にございます」
確かに教室の扉は開け放していたから、扉を開ける音がしなかったことは明白だ。しかし、それを差し引いても彼はふわりと、明らかに上空から着地して現れた。何の気配もなく、唐突に、気づいたら後ろに彼がいた。
彼自体これに対する反応には慣れているので、美化委員らしき晴日に特に気にとめることはない。
それが春日晴日だと、気づくまでは、の話ではあるが。
「また会えたねえ」
数瞬の間の後。
それは彼の予測していたどのような反応でもなく。
この世にこんなにも警戒心のない動物は存在するのだろうかと疑問を抱くほどに、無邪気で無垢で真っ白い笑みを浮かべる晴日。
長者原融通は閉口することしか出来なかった。
「これ、長者原くんのなんだ」
「これはこれは春日さま。わたくしめのような者をご記憶いただけていたとは恐悦至極にございます。
しかし今や春日さまは特別普通科の生徒。あまり十三組(われわれ)と関わりを持つことはお勧めいたしません」
「……………。うん。元クラスメートにことごとく嫌われちゃったみたい」
まるで自分でこけたとでも言うようにそう言って、晴日は筆箱を手渡しながら先ほどよりも勢いをなくして笑う。
その笑顔と制服の隙間から覗くものの数々に、長者原は眉を寄せた。
「…春日さまは、春日さまにとって、学校は、楽しいですか?」
「うん!みんなに会えるから。長者原くんにも!」
思わず口をついたらしくない質問にも一切の屈託なく答えて、さっきまでの表情はどこかへ捨ててしまったらしい。『楽しい』を表現しているのか落ち着きなく動き回る晴日に、自然と口の端が弧を描いていくことに気がついて―――ぱっ、と口元をおさえた。
「春日さま。大変恐縮なのですが、お互いあまり猶予が残されていないようですので…」
「あ…」
最終下校時刻までに割り当てられたエリアの掃除をしないといけないのを思い出して、晴日は急にわたわたと慌てだした。
「また会えるといいね」
「そうでございますね。きっとまた、会うこともございましょう」
「うん。またねぇ!」
目一杯手を振って見送る晴日に、『忘れろ』と言い忘れたのか言いたくなかったのか。
それをふりほどくように長者原はその体躯に似合わぬ軽さで怠惰の待つ選挙管理委員会室に向かった。
放課後カプリチオ
(あら。晴日ちゃん遅かったのね)
(うん。ちょっと話し込んじゃってね。内緒にしといてくれるかな)
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もはや長者原夢と言って良いのかなんなのか。
そのうち最初から最後まで彼が出てくる話を………ハードルが低い以前の問題…。
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