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黒神真黒に週一回だけ訪れる、普通じゃない日のこと。


「真黒さん。私、元クラスメートに嫌われちゃいました」
「へえ。それは大変だ」

週一回、晴日は放課後に軍艦塔(ゴーストバベル)を訪れ、掃除をする。晴日を助けてくれた真黒への恩返しとして。
真黒にしてみればあのくらい分はとうに返済している―――というより、真黒が晴日を助けたなどということは、無いのだから本当は理由は存在しないのだ。
それでも彼女は必ず週一回訪れる。
まるで、それが至極大事な使命であるかのように―――。

「どうしたら、」

しかし今日はいつもとかってが違うらしい。
しゅん、といつもより元気のない晴日に打って変わった軽薄な言動と態度で黒神真黒は2つ、テーブルにケーキを並べた。
無論、晴日が彼を攻める気など無いから問題はないが、それを差し引いても普段の彼女をよく知るものからすれば到底そんな態度をとれるものではない。
しかし真黒は今も頭をフル回転させて解析の真っ最中なので、そこまで気が回らなかったのだ。

「さて、今日はどっちのケーキが食べたい?」
「う…」

そんな余裕の無さを笑顔で繕い、真黒はテーブルの上に並べられた皿を晴日に向けた。
片方は大粒のイチゴの乗ったショートケーキ。もう片方はこんがりと焼きあがったアップルパイだ。

「どちらでも、君の好きな方を、食べたい方を、選んでいいんだよ」

にこやかにとどめを刺すと、晴日はいよいよ頭を抱えて唸りはじめた。
これは真黒なりの彼女の治療法、のようなものである。異常(アブノーマル)の真髄はそのスペックではなく性格(キャラクター)であるという仮説の元、彼は独学でこれを行っている。そして徐々にその成果は現れ始めていた。

「じゃあ、ショートケーキ…」
「晴日ちゃんはどうしてそれを食べたいと思ったのかな?
こっちのアップルパイも美味しそうじゃないか」
「え?あ、あー…えー……っ…っ」

途端に言葉がつかえた。
理由などせいぜい『こっちの方が食べたいから』とたったそれだけだ。
たったそれだけのことが――晴日には答えられなかった。
・・
心底、どちらでも良いと思っていて
それで良いと思っているからだ。

春日晴日と言う人間は、真黒に言わせれば本当にこの歳の人間かと言いたくなるほどにアイデンティティが形成されていなかった。
彼女にはおよそ好みというものが存在せず、何が好きで何が嫌いなのか、真黒の解析も通用しない無欲さなのだ。

無欲、というより無私。

晴日の物差しは世間の常識で、
行動原理はその場の空気。

まるで、何より人に嫌われるのを恐れているような―――。


人格でもなんでも受け容れて反映してしまう彼女であったが、異常はさすがにその限りではないらしい。そこをついて、真黒は晴日の本質を暴こうとしているのだ。

「前に来たとき、パイ、食べた、からです」
「そうかい。これは失敬☆僕としたことがうっかりしていたよ」

そう言って真黒はアップルパイの方を自分に引き寄せた。

「そろそろお湯も沸いただろうから、お茶をいれてくるね」

そう言って座っていた椅子から立ち上がろうとするがうまくいかない。思うように力の入らない身体を少し恨めしく思う。それでも悟られないようにできる限り自然に繕って椅子の縁を掴んで立ち上がった。

「手伝います」

にこり、と。

その笑みが見透かしたように真黒の目を捕らえる。
ああ、これは今僕を『受け容れて』いるのかと。内心冷や汗をかきながら考える。

(妹以外要らないとのたまう僕でさえ、誰かに自分を見てほしいのか…)

黒神真黒は、変態だ。
自分の妹愛(セイヘキ)以外では、他人に能力でしか価値を見いだせない人間だ。
13歳の頃から数年手がけたビジネスでは、むしろそれは酷く合理的に働いた。

だが、妹 黒神めだかとまた違った意味で他人を幸せにするために生まれてきたといわしめるような彼が幸せなのかどうかは、意見が分かれるところであろう。


「…まあ、十三組の生徒からすればやっかまれるのは仕方ないんだろうが…ごめんね 晴日ちゃん。僕の配慮が足りなかったよ」
「い、いえ。毎日学校に来るの、楽しいです」
「そう?なら良かった」
「はいっ」

お茶をしながらそんな会話をする晴日からはいつもの底知れない雄大さは感じられず終始幼い印象が付きまとう。

「でも、出来ればもう、会いたくないです」
「うーん。まあ 彼らはめったに学校に来ないから、顔を合わせる機会は少ないと思うよ」
「あ、でも最初にあった人は、もう一度会ってみたいです」

にっこり。

まるで幼子がヒーローショーにでも行きたいというように。
なんでもなく晴日はそう言った。
しかし、真黒はその長い睫に縁取られた目を見開いて自分の耳を疑った。


「………会ってみたい…?
・・ ・・・・
君が、自分から―――――?」


「…? はい」


きょとん。
そんな形容詞が適用される勢いで晴日は真黒を見つめ返す。
その瞳は濁りのない澄んだ色をしている。

それ以上、まるで磔にされたように喪失感に苛まれて動けない真黒は「あえるといいね」と唇を動かすのが、精一杯だった。

晴日はちまちまとショートケーキを食べている。

箱庭学園は、いつも通り何も変わらず異常だ。


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