シャッフル! | ナノ




「…ぐっ!」

雲仙が攻撃を放つと、もはや反射といえるスピードで晴日は後ろに飛び退いた。
しかし盾もなく、自分以外に標的がない今の状況では避けられず、そのまま後ろに吹っ飛ばされる。

ダーン!!

かなりの勢いで廊下に叩きつけられ、身体が数度波打って跳ねた。
しかし、数秒後には軽い咳をして立ち上がろうとしている。後ろに飛び退いた事が、結果として衝撃を和らげたのだろう、と雲仙は冷静に分析する。

異常と呼ばれる天才集団の中にわずか9歳にして入り込んだ雲仙には、それなりの自負があった。
実際に彼は年齢ゆえに劣ることもあるが、異常のパラメーターだけで言えばかなり図抜けている。理事長、不知火袴が一年生ながらに武装を貸し与えた事からしても、それは明白だ。
だから雲仙は、決して傲っていた訳ではない。

「困るんだよなー。お前みたいなのが居ると、俺の正義の執行がやりにくいんだよ」

畏怖されるべき十三組の称号の価値が下がってしまっては不都合だ、と。なんとも合理的でなんとも理不尽である。それはそのまま彼の愛する"正義"のようだった。
対する晴日の表情は、いきなり襲撃を受けたというのにずっと変わらない。きっと天気を聞いても同じ顔をしているだろう。

「なあ、元クラスメート。聞いたところによるとお前、なんでも受け入れちまうそうじゃねえか。驚きも拒否もしねえ。一般人(ノーマル)からすりゃ気味悪いだろうなあ。だけどよ、
   ・・・・
お前はその程度だ!そんなの、十三組(オレタチ)から言わせれば、ただの個性にすぎねえよ!!
ま、だからこそ十組でナカヨクやれてるんだろーけどな!」
「……」

依然として笑みは浮かんでいるものの晴日は無言だった。パタパタと服について埃をはらっている。
その様子を見て雲仙は第二撃の準備を完成させた。彼とてなんの考えもなしにくっちゃべっていたわけではない。気を逸らすための陽動である。

「…時間稼ぎはおしまい?」
「!」

ぽつりと。
晴日は静かにつぶやいた。その様子は逆に不気味で、心を見透かされた雲仙は少なからず驚いた。

「貴方はワタシを勘違いしているようだね。確かに私はアナタと違って十三組で生きていくことはできない。だって、私は受け入れるんじゃなくて、受け容れるんだから。真黒さんは水鏡(マザーズブルー)って呼んでたけれ……」

晴日は完全に会話の途中であった。にも関わらず、雲仙が覚悟を決めたその瞬間に、ぎぃ、と凶悪な笑顔で飛びかかったのだ。

「お前…っ!!なんで分かって――」

話し終える前の奇襲。
濁った目にその表情。
これでは、これではまるで―――

「分かるよ―――だって、
・・・・・・・・・・・・
私はアナタで貴方はワタシなんだから」

―――悪寒。

さっ、と全身の血液が逆流し、皮膚が泡立つ感覚。
胃が捕まれて揺さぶられているような嫌悪感。

・・・・・・・・
本気で言っている。
雲仙は初めて、目の前の元クラスメートを同格以上の敵だと認識し、本気で叩きのめすことを誓った。





「バケモノ…め…」
「酷いこと言うなあ」

あれから十数分。
晴日はもう満身創痍で、ボロボロとしか形容の仕方がなかった。口の端には血が滲んでいるし、服の下は紫色に染まっているだろう。

しかし攻撃を食らおうが、通じなかろうが、晴日は一切動じずに次の手を繰り出す。
雲仙が優勢なのは変わらない、どころか勝利は目前であるはずなのに、追いつめられていくのは彼の方だ。

「雲仙くん。子供は文法なんか分からないけれど、それでも話せるし、細菌が発見される前から熱湯消毒は行われていたよね」

自分の思考が塗りつぶされていく。
晴日の発する言葉が、発生される一瞬前に、頭の中に響いてくる。

「「正体が分からなくても対処法はある」」

気づけば、自身の口さえも目の前の女と同じ言葉を紡いでいる。

侮っていた!
油断していた!
見えていなかった!
読み切れていなかった!

雲仙も他と同様に、晴日が十組に移籍したのは、周りが優秀で寛大なら集団生活が送れる程度に異常度が低いからだと、そう思っていた。しかし、今なら分かる。
魔法使いと呼ばれたあの男が、どういう意図を持ってこいつを移したのかが。

苦悩や葛藤とは無縁の思考回路。切り替えの早さ。
常に無限の事態を想定する柔軟性。
そんなものは、ただの副産物だ。それこそが天才であるゆえんだが、異常であるゆえんではなかったのだ。

「…っなにが普通なもんかよ。お前相当イカレてるな」
「それは私が?それともアナタが?」

全部分かり切ってんだろーがよ、と雲仙は心の中で毒づいた。

「他人のことがわかるとか、受け容れるとか、そんな聞こえの良いこと言っといて。本当はお前、どーでもいいんだ。自分も、他人も、この世界もな」
「……貴方がそう思いたいなら、ワタシもそうなんだよ。きっと」


どこまでも無邪気に残酷に、晴日は笑った。



「……はっ。異常(アブノーマル)め」

印象は違うというのに、自分と同じ『表情』をする晴日に、雲仙は白旗を揚げた。
モンスターチャイルドと呼ばれる風紀委員雲仙冥利は、
その日初めて、

あどけない顔に似つかわしい楽しそうな笑みを浮かべた。


[←*] [#→]



[ back to top ]