シャッフル! | ナノ




泳ぐわけでもなくただただ浮かぶ。
晴日はそれが好きだった。
飲み込まれるような大きな存在に包まれる安心感、とでも言うのだろうか。

『水鏡(マザーズブルー)』
真黒もなんとも大きな名前を付けてくれたものである。
母なる海、だなんて、自分はそんなに雄大なものではない。
人一人飲み込む(受け容れる)のなんて、バスタブ程度で十分だ。
だから自分の異常に名前を付けるとしたら水鏡(バスブルー)とかその辺がお似合いだ。いや、必ずしも一人ではないのだからプールブルーとかでもいいのだろうか。
種子島が発しているであろうけたたましい水音を遠くで聞きながら晴日が意識までをも水に沈めようとした、その時だった。


「ここにいらしたのですか」

まるで待ち望んでいたかのようにすんなりと
その声は自分の耳に吸い込まれた。


「長者原くん!」

ぱあっ、と晴日の顔が明るくなった。
どちらかといえばミステリアスな笑いをたたえ大人っぽいと言える晴日だったが、その表情は純粋無垢で無邪気だった。
それを横目で見た種子島がおーおーそういうことか、と一人センチメンタルに浸っているなどとは当人たちは露ほども知らない。そしてその相手が見たこともない制服を着ていたり(というか制服なのか)目隠しをしていたりするなどと言う異形の姿をしていることについてはもはや十三組だからの一言で片づけられてしまった。

「どうしたの?今日は早いね」
「ええ。少々理事会に用がありまして。春日さまはいつもこの時間はここにいらっしゃるのですか?」
「うん。プール開放してくれてるんだよ」
「そうでございますか」
「長者原くんはなんでここに?その格好でプールに入りに来たわけじゃないだろうし。あ、なにか私やってない仕事でもあったかな」
「いえ…別に、そう言う訳では…」

しどろもどろと言葉を紡ごうとする長者原に晴日は怪訝な顔をした。
というか、ここへ来た理由など長者原自身が本人に聞きたい位だ。ただ、なんとなく晴日がいないことに違和感を覚えて…部下が居場所を教えてくれたのでここへ来ただけなのだ。

「……そ、それはともかくとしてですね。急遽明日、沖縄に行くことへあいなりまして」
「へー!なんだかんだで夏休みエンジョイしてるんだね、長者原くん」
「いえ。選挙管理委員会の業務内にございます。あ、よろしければ、春日さまもご一緒に――」

ちゃぽちゃぽと晴日が足を動かす水音が鳴る。手でプールのふちを掴んできょとんとした顔で長者原を見上げていた。


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