シャッフル! | ナノ




早朝。
まだ、部活の朝練の生徒しかいないような時間に登校するのが晴日の日常だった。
自身を律することで他人と同じ立場で居続けるために。
そして晴日は、恐ろしい程の執念を持ってして刻まれた呪いの机を目にした。

一瞬、その目を見開いて、呼吸が、時間が、思考が止まる。
が、次の瞬間にはもう、その水晶体がうつすのはただの芥であった。
どこまでめ冷静に取り乱さずに、机の中のゴミを掻きだしそうとした、その時だった。

ガダ―――ン!!

と、机とイスの倒れる大きな音が教室中に響いた。
微動だにせずゆっくりと振り返れば、息を乱した一人の女子生徒と、その背後にも数人。
晴日の机ばかりでなく、今現在の現状を作っている張本人たちである。
「おはよう」
…にもかかわらず、今気づいたばかりの反応でいつも通りに何でもなく、晴日はいつも通りの何でもない笑みで挨拶をした。へらりと緊張感なく、しかしミステリアスに不可思議で、大きな大きな笑み。

張り詰めた空気が、
彼女の中の何かが、

切れた瞬間だった。

次の瞬間、女子生徒はまるで狼が仔羊に飛びつくかのように牙をむいて跳躍した。そのまま晴日の肩をつかみ窓際の落下防止用の柵に力の限り押つける。整えられた綺麗な爪が制服に食い込む。その指先は力を入れすぎて白くなっていた。
「バカにしやがって!」
「え?」
「死ね!お前なんか生きてる価値がないんだよ!」
「…」
そんな罵倒を受けて尚、晴日は困ったように笑っていた。
へらへらと、何でもないように。

「〜〜〜〜〜ッッ!!」

彼女は、改めて晴日に戦慄した。妙に口の中が乾いている。
無視をしているわけではない。
見えていないわけでも、聞いていないわけでも、感じていないわけでもない。

見て、聞いて、感じて、
自分の言動も行動も心情も
全てを知っているのだ。
すべてを知っていて、
・・・・
そして尚、意味のない物だと切り捨てているのだ。
果たしてそれは、人間に、普通の人間に出来うることだろうか。
自分は特別な人間だ。
自惚れでもなんでもない。それは事実だった。なのに。

恐怖。

たった二文字に思考が浸食された。

「……あんた…なんか…っ」
ガチガチとぶつかるばかりでうまく歯がかみ合わない。
呼吸が浅くなって、肌が泡立つ。足に上手く力が入らない。
「そっか。私のこと、嫌いなんだ」
「………」

変わらず口元には笑みが浮かんではいるものの、どこか悲しげだった。少しばかり、光明が指した。そんな風に彼女が思った瞬間である。
 ・・・・・
「おかしいね」

ぶあっ、と
今度こそ全身の毛穴が開いたかと思うほどの脂汗が吹き出した。
背中を伝うのは冷や汗だ。
すべて飲み込まれてしまう。
彼女は本能的にそう悟って、ざりっ、と思わず上履きで床を踏みしめ後ずさりをした。そうでもしないと、飲み込まれてしまいそうだった。この、自分と同じ制服を着て嗤うナニカに。
続いてとん…、っと晴日は距離を詰める。
その表情は、満面の笑みだった。雄大で、広大で、寛大で、まるですべてを飲み込んでなかったことにしてしまう海のごとく。逃げ場所などどこにもなかった。けれども、後ろに下がるしか道は残されていなかった。たとえもうすぐ途切れるとしても。

ざりっ、

とん…

ざりっ、

とん…


一歩。また一歩。
下がれば踏み込み下がれば踏み込み。
そうしていきついた教室の後ろの荷物用の棚にぶつかって。彼女たちは何にならずともその棚を恨めしそうに見つめた。と、生徒の名前が書かれた紙が入ったネームプレートのなかに、ぐしゃぐしゃになっているものが視界の端にちらついて―――その名前を、見たくないのに、読みたくないのに。頭の中に入ってきてしまう。
――――――春日晴日
 
 ・・・・・・・・・・・・
「私はアナタで貴方はワタシなのに」

とん…っ

今度こそ彼女たちは、絶叫した。
これはただそれだけの、カノジョの栄光の話。

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