シャッフル! | ナノ




例えばなにか重大な失敗してしまったとして。
人はそれを悲しむだろう。後悔するだろう。
それは普通で当たり前のこと。
でも大切なのはそこから同じ失敗はしないよう学び、心がけることである。

それは物わかりの良い春日晴日も同じだった。
ただ、彼女が他人と違っていたのは悲しみや後悔に要する時間が―――ほんの、一瞬。ただそれだけだ。
・・・ ・・・・・・
本当に、ただそれだけ。
だから、目の前の自分の机がマジックで落書きされようがカッターで切り刻まれようが
おきた時点で過去に成り下がった出来事に心を動かされることはほとんどない。

驚くのは、悲しむのは、悔やむのは、辛いのは、嫌なのは、その事態を拒絶しているからだ。
受け容れてしまえばなんらそれらの無駄な行動に時間を割くことはない。
晴日は表情一つ変えず席に着いた。
方々から聞こえる潜めた声も、なめ回すような視線も
晴日にとって実に矮小な出来事だった。

クラスで人気のある、サッカー部で運動ができて、勉強もクラスで指折りの、そんな男子がいた。この年頃の男子に比べて落ち着いていて、そんなところも女子に人気だった。
そんな彼が晴日を好きらしくて、
そんな彼をクラスのリーダー格の女子が好きで、
晴日は彼をなんとも思っていない。

すでにその彼は本人の知らぬうちにその女子のものである、という認識がクラスの女子全体に広がっていたのだ。なんとも恐ろしいことである。
それに対して晴日は自分にはまだ早い。好きなわけでもない。ただの噂だ。
そんな言葉を、いつもと同じように微笑をたたえた唇で。
高い彼女のプライドを砕くのはこれだけで十分だった。

たったそれだけだ。
それだけで仲のよかったあの子達はどこかへいってしまうし、別のグループは哀れみと好奇心の混じった目でなめまわすし、また別のグループは陰湿で下世話な噂話と陰口と直接的な危害を加えてくる。

ただ、それだけなのだ。
そう、ただそれだけの、彼女の堕落の話。





許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない―――

その感情はどこまでも純粋だった。それは人が持つには余りに動物的だったが、それゆえに彼女を動かす原動力になり得た。

きゅっ きゅっ きゅっ―――

現在進行形で晴日の机に油性マジックで呪いを刻んでいる少女はその形相さえ除けば実に可憐だった。

きゅっ きゅっ きゅっ―――

すでに彫り込まれたカッターのせいで文字はあり得ないくらいに歪だった。それはまるで彼女そのもののように。
力を入れすぎて潰れたペン先から滲んだインクが血管のごとく机の傷にしみてゆく。

少し強引だけれど決断力があって何事にも全力で取り組み、時に悪ふざけも忘れない。明るく社交的で、人に好意を向けられることを当然としている彼女が執着していたあの男子生徒が好意を向けていたのが、春日晴日。ただ、それだけなのだ。
実のところを言うと、彼女は認めたくなかっただけでもある。
スペックの上では勝っていても、いつでも見透かしたような笑みを浮かべた晴日の方が、自分よりヒエラルキーの上に位置する生物だと。
本能的な恐怖に形式的な理由を与え正当化しているのだ。実に人間らしいではないか。
その証拠になにが起こってもなにをされても
晴日の表情は変わらないのだ。
此方のことなどまるで意に介さない。

下等生物<ノーマル>が下克上なんか出来やしないと笑われているようで、それがひどく癪に障るのだ。首の後ろをちりちりと焼いて、腹の中に石でも詰まっているかのように鈍く重い。
そんな激情を塗りつぶすようにマジックをただただひたすら動かす。

きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ―――――

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