シャッフル! | ナノ




そして生徒会室の前を通ると、そこから深くお辞儀をして出てきた長者原と鉢合わせした。

「あ、長者原くんだ」
「これはこれは。春日さまに与次郎さま。委員会活動お疲れさまです」

晴日の顔がぱっ、と花が咲いたように明るくなったのがわかった。
別に自分と話しているときが無愛想だったという事もない。ミステリアスをアクセサリーのように雄大な笑みを浮かべていた晴日と今は明らかに違うと、与次郎は直感で確信した。
長者原の口調も心なしか砕けている気がする。

「せんぱい!私、先に戻って報告してきますね」
「え?」
「さっきのお返しですから気にしないでください」

そう言って彼女は駆け出した。
どうやら噂通り、相当に焦れったいようである。

「えっと…」
「どうすれば良いのでしょうか」

取り残された二人は妙な気まずさでお互いを見た。
すると晴日は長者原が不思議そうに紙袋を見ているのに気がついた。

「あ、これ林檎なんだ」
「林檎ですか。どうしたのですか、こんなに」
「飯塚くんから貰ったんだ。美味しそうでしょ?」

紙袋から一つ取り出されたそれ。なるほど確かに、輝くようである、と長者原は肯定の意で軽く頷く。

「秋らしくていいよね。綺麗だし」
「俗に言う禁断の実、でしたか」
「ああ、ちょうどその話になってさ」

林檎を食べたことによりアダムとイヴは善悪の判断がつくようになった結果無垢を失い、自分の裸を恥ずかしいと思った。
そして局部をイチジクの葉で隠し、それをエホバ神に咎められ楽園を追放されてしまったのだ。


「まあこれを食べても、わたくしめも春日さまも、善悪の知識を得られるわけではありませんが」

長者原はそう呟いた。

善悪の知識を得たことによって、客観的に物事を判断できるようになった二人は目を開け、自分が裸なのを恥ずかしく思った。
つまり、『善悪の知識を得る』ことは『無垢を失う』ことと同義なのだ。

善いも悪いも関係なく
自分の死すら厭わない
"公平"である彼と
"受け容れる"彼女

それはどこまでも純粋で、無垢で
あまりに残酷だ。

「そうだね。そんな事じゃ消えないから、私たちは異常なんだよ。
でも、それでいい」
「…ええ。仰る通り、わたくし共は異常にございますから。それで構いません」

だが、異常な彼らはどこまでもありきたりに自分を受け止めた。

「ね、食べようよ。せっかくの食欲の秋なんだし」
「ありがたく頂戴します」

しゃく、と瑞々しい咀嚼音。
血に塗れた果実を含みながら、
それでかまわないと互いに思った。



ワインレッドの密約

(こうして休憩出来るのも球磨川さまのおかげでございまして…)
(与次郎ちゃんも頑張ってくれてるし、なんか、こう、戦挙を取り締まった身としては皮肉だよね…)




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