夢喰 | ナノ
74

「はははははっ、まさかこの程度の餌でこれだけの魚が釣れるとは思ってもみませんでしたよ!いや、実に運がいい!……………公にはしていませんでしたが、実はこの船、ただの飛行船じゃないんですよ。宇宙船も兼ねていましてね?ですから、貴方をここで始末してしまえば……後はどうとでもなる」
「これは怖い」
「貴方はお強い。しかし、手負いでなおかつ庇うものもある。代々清水に仕えるためだけに生きてきた、林の血をなめるなよ」

ぞくり。
背中が震えた。
この男はここで私たちを始末したあと宇宙へ逃げ出す気なのだ。私と、佐々木さんと、当主とを外に放り出して、今回のことは自分一人で計画したことにして、清水家を守るつもりなのだ。狂っている。
ターミナルも通さずに、高跳びするだけの技術がこの船にはあるらしい。
柔和だった笑みはもはや醜悪とも呼べる威圧感を放っていた。
彼の中で懐柔されていた猛獣が、解き放たれたのだ。

「さ、佐々木さん……」
「ああ、こんな時ですからお返事はあとで結構ですよ」

いや、そうじゃないよ!!
何でそうなったのさ!?なぜ混ぜっ返したし!!
何ちょっと照れてんの可愛くないからねェ!?

「というか、さっきの顔は何なんですか。死にたいんですか?なら私がここに出向いた意味は無いんですが」
「は………」
「ですから、………智香さんは、どうしたいんです。このままじゃ私の格好がつかないんですが」

じ、と鋭い目で見つめられる。
確かにあのときは、死を覚悟して、笑ったような気がする。改めて意思弱いな、私。
感情を露にして生きる術を、身に付けるべき時にしてこなかったからだろうか。
でも、もう決まってる。
あなたが、助けに来てくれたから。
一人じゃないから。

「どっかに売り飛ばされたくなんかない!!皆と…佐々木さんと…一緒に生きたい!!


助けて!!佐々木さん!!」

返事は帰ってこなかった。
でも。不思議とスッキリした気分で。

「吠えるな、商品」

林はどこからともなく、すうっ、と短めの小太刀を取り出した。美しい濡れ刃の、どす黒い色の柄をした、小太刀。

「ふっ」

小さく、そして鋭く、林は一瞬で間合いを詰めて佐々木さんに襲いかかった。
林が急所を的確に狙い、佐々木さんがそれを間一髪でかわす。
どうにも佐々木さんはやりにくそうで、手が出せず防戦一方だ。
ここは船内の小さな部屋で、痩躯とはいえ身長の高い佐々木さんと小柄な林とではやはり後者が有利だ。林の得物も彼の小回りの良さを最大限に生かすもの。通常は有利とされるような佐々木さんの長いリーチは接近戦では…特に左手が思うように動かない今では、マイナス要素にしか働かない。
息を呑むような攻防の均衡が崩れたのは、一瞬だった。

「腕を振り上げられない死角から…っ!」
「…!」

下げられたままになっている佐々木さんの赤く染まった左腕。
その陰からいつの間にか全く同じ二本めの木立が林の腕からするりと這い出した。

「   」

もう、極限状態で、考えてなんていなかった。
いやだ。しなないで。
落ちていた佐々木さんの刀を握って、跳躍。
林を斬―――――――――――――――

「わざわざ武器をくれるとは、優しい方だ」
「っ!!」

否、それは罠だった。林が私の手首をつかんでひねり上げ、強引に佐々木さんの方へ向ける。
もちろん、動かない左方向に。

嫌だ!

佐々木さんを斬るなんて、絶対、絶対してやるもんか。
無理に力をかけすぎてメキメキと、自分の身体が軋むのが分かる。痛い、辛い、苦しい。でも、止めない。
踏ん張れ。踏みとどまれ。今度こそ、助けられっぱなしじゃなく、自分で、自分で道を開くんだ。
こんなやつに……こんなやつらに………負けるもんか!!

「っぐぅ、ぁ、ああああああ!!」
「!こ、の!馬鹿力……っ」


刀がぴたりと止まった。


「その言葉、そっくりそのままどうぞ」

耳に心地いい低音の、底冷えするような意地の悪い声に勝利を確信した。
林の腕に、佐々木さんは左足を振り下ろして
零れた刀を左手で握って。

横に一閃、


今度こそ、終わりだ。


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