「これでおしまい」
「ありがと。信女ちゃん」
見廻組に帰る頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
出発は怪しまれないように別々だったのに、一緒に帰ってきたもんだから、他の隊士に邪推されたかもしれない。
まあ…それならそれで構わないか、と手首に巻かれた包帯を見る。
さっきまで浮かんでいた指の影は白に包まれて息を潜めている。
握られた手首に残った痕は、吐き気のするようなあの男たちではなく、佐々木さんに上書きされたような感覚だった。
と、コンコン、と律儀なノックが響いた。
それを受けて信女ちゃんは音もなく立ち上がる。
「じゃあね」
「ん。助かったよ。またね、信女ちゃん」
体中にできた擦り傷と痣や額の処置を的確にしてくれたことにお礼を言う。
扉が開くと同時に彼女は出て行って、変わりに佐々木さんが入れ違いで入ってきた。
「どうですか。調子は」
「ん、もう平気かな。手当てもしてもらったし、気分も悪くないしねェ」
ひらひらと手を振って手首の包帯を見せる。打ち身には手ぬぐいにくるんだアイスノンを当てている。
「支障がないなら何よりですよ」
「まあ、私弱いしね。仕方ないよ」
「…」
本当は硬直して身体が動かなかったこともあるんだけど、まあ、佐々木さんが責任を感じるところじゃあない。
というかいつになく殊勝な佐々木さんにこっちが面食らってる。
「水、貰えますか」
ふいに、視線が鋭くなったかと思うと突然そんなことを言い出すので、不思議に思いながらも引き出しから湯飲みを取り出しミネラルウォーターを注ぐ。
「…ってなにしてんの!?」
かと思えばタンスやら机やらの裏側を探りだす。止めて、そんなとこまで掃除してないんだけど!…と言おうとしたら人差し指を口に当てて、黙れとジェスチャーしている。
「…?」
不信感は無かったと言えば嘘になるが全く意味のない行動でもあるまい、と見守れば湯飲みに何かを入れた。え、そんなとこから拾ったもん入れてなにしてんだと中身を見れば、黒くて小さなナニカが浮かんでいた。
「これって…?」
「盗聴器です」
「とっ…」
ドラマでしか見たことのない塊がカランと湯飲みの中で音を立てた。
「私の指示ではありません」
「それって……」
「『とある方』でしょうね」
「……そういうこと」
泳がされた私が感じた居心地の悪さは、女だから、庶民だからといったものだけではなかったらしい。
佐々木さんの息がかかかったものだと思われていた、と言うことだろうか。
「…それに関しては、真選組(ウチ)も痛い目にあったばっかしだからね…」
どうしようもなく人が好きで、寂しがりだった参謀が頭をよぎった。
「ええ。どうやら、ネズミが這いずり回っているようです。信女さんにも可能な限り注意していてもらいましたので…仕掛けられたのはここ2日あたりでしょう」
「バレてる、ってこと?」
「全容は把握していないでしょう。今はこちらが一歩リードといった所ですか」
そう言ってケータイを取り出すとなにやらすごいスピードでメールを打ち始めた。
「実は私が単独捜査をしていたのは、内部分裂だとか自分の野心だとかよりもですね。『佐々木』の人間として、というところが大きいんですよ」
佐々木さんが何の進展もなく情報を出すだなんてあり得ない。何かつかんだのか、と確信した。
「……あの後、何か分かったわけ?」
「ビンゴ、です」
佐々木さんが私に向けたケータイの画面には『清水財閥、巨大飛行船の開発に成功』との記事が掲載されていた。