夢喰 | ナノ
43

恋に臆病で
飢えていて
欲していて

それでいて信じようとしない

その時の私は実に滑稽だったろうね。





私はいつも通りに隊服を来て、門へ向かう。見廻組の隊士とすれ違うのは仕方がない。ここはいかに疑いをかけられないようにするかが重要だ。
刀を持っていないのを悟られてはいけない。
出来るだけいつも通りにすれ違いざまに挨拶なんかしたりして。

大通りには立派な建物が建ち並んでいる。
佐々木さんの家と同じくらい大きい名家の家もある。
空に黒い点を残すアレとは別に飛行船が真上を通過した。
そういえば、どこぞの財閥が新型の飛行船を開発しただなんだってニュースで言ってた気がするな。
風ではためく髪が耳をくすぐった。

しばらくするととりあえず手近な路地で目立つ黒いジャケットを脱いで鞄にしまう。
ワイシャツに黒いパンツ姿になって刀も持っていなければ一目で真選組だとばれることはない。
そのまま公園の公衆トイレへ入り着物に着替える。狭い場所での着付けに少し手間取ったが問題ない。
鏡を見ながら紙を結い直して化粧も少し直す。
そして通りに出てタクシーを拾った。


「すいません、ここまでお願いします」
「はいよ!…って姉ちゃんまた随分と辺鄙な所に行くねぇ。ここら辺はほら……治安も良くないよ?」
「ええ。ですから、運転手さんが頼もしそうな方で良かったです」

完全なるお世辞、というわけでもないがははと豪快に笑うやけにごついタクシーの運ちゃんにそう言って貧民街の近くまで車を寄せて貰う。
降りると確かにそこは空気が淀んでいて、かぶき町とは違うなにかが漂っている。
民が着ている着物も粗末で、別に特別豪華な着物を着ているわけでもない私が目立つ始末だ。
悪徳な攘夷浪士や犯罪者の集うヤバい場所らしい。流石に一人で乗り込んで殲滅できる自信はない。
あの人にしちゃアバウトだったよな、と心の中で呟く。

湿った灰色の空気の中を私は歩き出した。

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