夢喰 | ナノ


「ちょっと見ねェ間に、可愛げが出てきたじゃねえの。ここに預けたのは間違いじゃなかったな」

前はあれくらいじゃ意に介さなかったし、あるいは打算に溢れた恥じらいをもって媚びていたかもしれないな、と。
智香の居なくなった局長室で松平は紫煙を吸い込んだ。灰を燻しながら遠くを見つめるその表情はどこか優しく物悲しい。

「智香ちゃんは本当に明るくなった。一番隊でもよくやってくれている」
「泣かしやがったら承知しねえぞ」
松平は喉の奥でくつくつと笑った。近藤や土方からしてみれば対応は違うが栗子同様に大事にしている智香に手を出すなと釘をささない松平の態度には前々から疑問があった。泣かすな不幸にするなと説教じみた事は言うのだがそれだけは言われたことがないのだ。まるで、それを望んでいるかのようだ。或いは信用しているのか。
土方に至っては疑問があるどころの話ではない。秘密裏に山崎に智香の素性を調べさせたのだが、何も出てきはしなかったのだから。
まるで、今までそんな人間は居なかったかのように一切、何も、松平に拾われるまでの経歴が分からない。松平がどこで彼女と出会ったのかも何もかもがだ。

「とっつぁん。あいつが真選組(ウチ)に来てもう一年すぎた。そろそろ教えてくれたっていいんじゃねえか、あいつのこと」

仕事はできる。サボり魔で頭の良くない隊長に代わりデスクワークの指揮やスケジュール管理などをこなし今や沖田の右腕だ。沖田も随分信頼している…いや、懐いていると言った方がいいのか。
剣の腕も松平仕込みのようでおよそ似つかわしくないほどの実力である。女だてらに一年以上一番隊に勤めていられるのがその証拠だろう。
だが、基本的に女人禁制であり男所帯であった真選組にある日突然上司に連れてこられた女はいつまでたっても秘密主義。
疑っているわけではないが身を案じたくもなる。

「おいおい、女の秘密をベラベラ喋る男に成り下がるわけにはいかねェよ」

だが、松平を問いつめてもいつもはぐらかされるばかりで一向に分からない。

「そんな事言ったって、とっつぁん。彼女が言いたくないことは言わなくてもいいが、彼女を知らなくていい理由にはならんだろう」

近藤が凛と前を見据えて抗議すれば松平は少しばかり口を閉ざした。

「言ったろ、俺の口から言うことじゃねェ。あいつが話せるまで待ってやんな。…その日は遠くはねえだろうからよ」
「! とっつぁん…」

慎重に廊下を踏む音が聞こえてきて三人はぴたりと口を閉じた。

「失礼します、っと」

片手に湯飲みを乗せた盆を持っているため襖を開けるのに苦戦する智香。それを見た近藤がすかさず自身の大きな手で開いてやると、智香はありがとうございます、と微かに笑った。

「お前らちょっと席はずせ」
「 「は?」 」

その様子を面白くなさそうに見ていた松平は唐突にそう言った。
近藤と土方がぽかんと呆けて動けないでいると出てけっつってんだ、と無理やり蹴り出して襖を閉めてしまった。

「ま、松平さん…?」
「ったく、物分かりの悪い奴らだ。智香、折角だ………師弟、水入らずで話そうや」

間を空けて師弟、と言うあたりの葛藤は智香に届いたかは定かではないが、緩んだ頬を視認して、張り詰めない空気に身を浸す喜びを松平は噛み締めた。


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夢主は三年間松平さんのおうちでお世話になってたので栗子ちゃんとも仲がいいです。
そのあと真撰組に入隊しました。
夢主の口調がちょっと粗野なのは松平さんの影響です。


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