静かに喋りませんか。

まつ様は、いつでも急に現れるのでとても驚くのだ。最近慣れてきて声を出さなくなったけれど、利久兄上は対抗するように大声で叫ぶ。


「ぅわぁ!まつぅ!?女子がそんな大声だしたらダメだよぉ!!」


「も、申し訳ございませぬ!け、けれど…い、犬千代さまが…」


「犬千代がどうかしたのぉぉぉ!!?」


「兄上、真横で叫ばないで下さい。まつ様、私がどうかしたのですか?」

「ぃ、犬千代さまが!織田家に行くと聞いたのでございまする!」


「…はい?」


「あ、まつぅ、まだ言っちゃ駄目だよぉ?まだ正式じゃないからぁ」


どういう事なの?

織田家…?って、あれですよね。


「いえ、尾張のうつけの方の小姓になるとお聞きいたしました!」


「だからぁ、まだ決まってないんだってぇ」


「…織田、信長殿…ということですか?」


「そうそう」


「ま、まつめは…どうしたら…」


「まつはぁ、ぼくと一緒にお留守番ねぇ。そもそもぉ、まつはお姫様だから一緒に行けないよぉ」


織田信長…第六天魔王…に、仕える。


「って、結構大事ではないですか!何故私だけ知らないのです?」


ほのぼのとした雰囲気の中、思わず大声を出してしまった。

主君決めるのに、私が関わっていないってどういう事?いや、普通に親が決めるものだとは思いますが、まつ様まで知っていて…っておかしいですよ。


「犬千代は忙しいからねぇ…主に父上の所為だけどぉ。それにぼくは次期当主だしぃ?」


「まつめは、盗み聞きでございまする」


「風の婆娑羅者だものぉ。聞こえちゃうよねぇ?」


「はい!」


「…まつ様、盗み聞きはしてはなりませんよ?しかし…はぁ、そうですか。小姓ですか」


戦に行く前に、小姓になるとは思ってもいなかった。

そういえば、前田利家は織田家に仕えていましたよねぇ…フラグ回避できるか微妙な所になってきましたよ。


「犬千代ぉ、嫌かなぁ?」


「嫌…というよりも…家から出た事がないので不安ですね」


にぱっと笑った兄上を見て、言うべき台詞を間違えたかも知れない。と嫌な予感がする。


「じゃ、決まりだねぇ。犬千代なら大丈夫だよぉ」


「まぁ!?犬千代さま、やはり行ってしまうのでございまするか!まつめは寂しゅうございまする…行かないで下さいませぇぇえ!!」


「ぅぐッ!?」


「だからぁ!まつってば女子なんだからぁ、大声だしちゃダメなんだってぇ!!母上に怒られちゃうよぉ!!」


私の腹に飛び込んできて、すがり泣くまつ様に、嫌な予感はこれか。と思いながら呻く。

強く飛び付きすぎです…明日は青あざですね…。

腹が絞まるので、落ち着かせるために頭を撫でる。早く緩めて下さい。下から内臓出ます。

しばらく撫でていると、少し力が弱まったのでホッと息を吐く。

たまに愚図るんですよねぇ…弟たちに比べると断然少ないのですけれど、それが逆に慰め方がよくわからない。という状態にして下さいました。

嬉しくないです。特に飛び込んでくる所が。いったいんですよ!


「えーまつ様?」


「ぐっぅ、まつのことなどッ気になさらないでくださいませぇッ!!」


「あーぁ、拗ねちゃったねぇ。ぼく知らないよぉ」


…えーと、気にしないで下さいと言っているので、とりあえず…仕事の続きでもしましょうかねぇ。
腹に巻き付いた腕を、そのままにして、計算の続きをはじめた。



   

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