意外と貧乏なのです。


婆娑羅者だという事を自覚してから、一年。

ひたすら父上にシバかれました。

鍛練を休もうとしたり、なんて…怖くてできるわけないですよ!本当に槍持って追っかけてくるんですから。

政務はどうしたのですか!と聞いても、兄上に丸投げしたから大丈夫だとしか言わないですし。

それ、大丈夫じゃないですよね。といった感じですよ…本当に。

鍛練が終わって、父上が満足して私室に戻ると兄上に捕まって政務の手伝いとか…過労死させる気ですよね!


「犬千代ぉ…これ、なんだろうねぇ?」


「兄上…またですか…?」


「だって、計算は犬千代がやった方が早いのだものぉ…字はぼくの方がうまいけれどねぇ」


ドン、と音を立てて、のんびりとした口調の兄上が私の前に大量の帳簿を置く。

因みにこの、のんびりした兄上の名前は利久さんです。

長男で次期当主…しかし、政務から父上が逃げてる所為で、もう既に前田家当主といった立場なのですがまだ正式に引き継いでいない状態です。


「…この量は…」


「父上が逃げた所為ですよぉ、だからー犬千代が頑張るのぉ」


「…はい…って、兄上?私などに見せてよいのですか?」


「大丈夫だよー犬千代は家族だしぃ。それにね、ぼくは計算嫌いなんだよねぇ」


頑張ってねぇ。

とにこりと笑った兄上に、何とも言えずに黙って帳簿を開く。

……こういう時に、ローマ数字だったら楽なのになぁ。と少しガッカリする。

パッと見で、何が書いてあるのかが分からないのが不便だ。いや、千やら万やら書いてありますけどね、17年間ローマ数字になれていたから、反応できないのですよ。

パチパチとそろばんを使いながら、暗算できるところは暗算をする。そろばんは犬千代になってから覚えました。電卓がとても恋しいです…。

まぁ、書類よりも計算の方が楽なので良いんですが…古文の授業なんですよね、もう最近は慣れたんですが、上中下点も一二点、レ点もない状況でどう読めと…。

正直今でも半分くらいしか読めないですよ。

だから必死に勉強してたのに…!!最近勉強する時間がなくて、書類を読む速度がかなり遅いんです。

達筆とかふざけないで下さい!といった感じですね、達筆なのか下手なのかよくわからないですし。

私…よくこんな頭で僧になろうとか思ってましたよね…ははは…今でも諦めてません。


考え事をしながらも、手は動くもので一冊目をさっさと終わらせる。

今更だけど、帳簿とか専門の人がやるんじゃないの?とお思いでしょう。

実は…正直に言うと、そういう職業の人を雇うお金も、育てるお金もなくて…わかりますか?前田家、意外と貧乏なんです。

家臣の方に払うお金もあるし、予算で領土内で餓死とかが起こらないように対策をしたりとか。

キッツキツなんで、できる人それぞれに分けてやってもらうんです。時間外労働?そんな言葉今の時代はありません。

で、小さい頃から教育されている私たちに仕事がまわってくる。という事ですね。説明が長かったです。すみません。

今頃、ほかの兄上もひたすら書類と向き合っている事でしょう。父上が仕事すれば手っ取り早いんですけどね。


「早く弟たちも使えるようになって欲しいねぇ」


「まだ二人とも生まれたばかりですよ…」


「希望を持つのは良いことなんだよぉ…現実逃避したいぃ」


「書類は逃げませんが…追ってきますよ、兄上」


すでに現実逃避です、兄上。

軽いテンポで話しながら、書類を進める。いつもこういったゆっくりとした雰囲気が流れるので、利久兄上の後ろを何故かついて行ってしまう。

何だか、犬千代になる前に戻ったような気がして、楽しい。


「い、いぃ!犬千代さまぁ!!」


いきなりスパァン!と障子を開けて入ってきたまつ様に、ビクッと身体が震えた。



   

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