みそ汁一杯



料理とは他人に作られると違う味がする。


そういう風な話はきいた事があるし、食堂のおばちゃんの料理を食べて理解している。
おばちゃんの料理はおいしいし、とても魅力的だ。
おいしい理由、それはおばちゃんの長年の仕事の成果もあるし、理由もわかるものだ。
料理人の作るものはおいしい。
しんべヱの家に行くと実感するし、乱太郎の母ちゃんの料理もおいしい。
それは何年も何年も料理を続けている人が、慣れてうまいせいだと思っていた。


土井先生の料理もまずくない。


夕餉をみんなで作って、食べるのもまずくない。


けれど、自分自身で作る料理はおいしくなかった。


そりゃぁアリやら雑草やらが入ってる料理をおいしいと思うのは簡単な事ではない。
食えりゃぁいいんだ。食えりゃぁ。


味のない悲しさを覚えながら、喉の奥に押し込んだ。



誰かの、そう、誰だったかは忘れちまったけれど、売れそうだと思って作ったみそ汁を買ったくのたまがいた。
売れそうだというのはピタリと当たって、その日の売れ行きは上々。
珍しく変なものは入っていない、けれど質素なみそ汁だった。
主に購入していくのは上級生。同情だというのはわかっていたが、笑顔で売りさばいた。
同情が銭になるのだ。その銭がどこから入ってくるもんだとしても、その銭があるだけできり丸は暮らしが楽になっていく。
深いところまで考えては駄目なのだ。と、上級生から手に入れる重たい銭を懐にいれたところで、ぽんと軽い銭が手に乗った。


「一杯ください」


寒いの。

肌をこすりながら、寒い寒い早くしろとせかすくのたまに、首を傾げながらも生ぬるいみそ汁を渡す。
今の気温はそんなに寒くない。むしろ暑い方だ。体調でも悪いのだろうか。
本当に寒そうにしているくのたまを見て、からかう気も失せた。
勢いをつけて飲まれていたみそ汁は、器の中身が半分になったあたりで速度を緩めた。


「きり丸の料理はおいしいね」


ぷはぁと器につけていた唇を離し、くのたまはにこりと笑った。
突然言われた言葉に、面喰った。
そんな言葉をもらうのは随分久しぶりだった。
おいしそうに、今度はゆっくりとみそ汁を飲むくのたまを見ながら、何年ぶりにもらった言葉だろうと頭を悩ませる。
きり丸が考えているうちに、くのたまはみそ汁を飲み終わり、ごちそうさまと器を渡してきた。


「あ、ああ。おそまつさまでした」


渡された器の重みを不思議に思って、くのたまの顔を見ずに器を覗いた。

たぷりと、つがれたみそ汁。

あれ、今飲み終わったものを渡されなかったっけ。


「温かったよ。ありがとう」


ひょっと聞こえた声に顔をあげても、目の前にいたくのたまはそこにはいなかった。


「逃げ足の速いくのたまだな」


もう一度、自分の手の中にある器を見ると、中身は空っぽだった。
懐の中には銭もある。銭を数え間違えるはずはない。
最近暑いから、幻覚でも見たのだろう。何せ今日はずっとみそ汁を見続けている。
おいしかったと言われて、少し気になり自分の作ったみそ汁を飲んでみた。
味が薄く、温度は生ぬるい。むしろ冷めている。
これを温かったと言ったくのたまは、相当頭が参っていたのだなと結論づけて、こんなに冷えていたら商売にならないと店じまいすることにした。
は組の夕餉の一部になるだろう。たぶんあとで、喜三太あたりが酷い量の味噌を追加するから問題はない。
片付けをしていて、ふと思い出す。
あのくのたまの顔を覚えていない。もしかしたら常連、金づるになってくれたかも知れないのに勿体無い事をしたなぁ。
きり丸は一つ溜息をつきそうになったが、ケチなのでそれを飲み込んで、移動した。


それにしても、変なくのたまだった。あのおいしくないみそ汁をうまいというなんて。
なんだか気になって、あの時くのたまに渡された銭を使えないでいる。

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