俺は図書委員




あぁ疲れたあぁ疲れた。

もう何にもしたくない。


「ああ、疲れたなぁ」


こんな生活疲れた。

生きてる間は過ぎゆく時間に惑わされて、好きだと思う事を全力でして疲れていた。

疲れたと言っても嬉しい疲れだったのだ。

けれど、この生活はなんだ。

体力も減らず腹も減らず眠れもせず。

ただ思考だけがめぐっていく。

疲れる疲れるとてもとても。

こういう時に、死ぬ前には嫌いだった。本たちがあればよいのにと思う。

勉強なんて嫌いだった。

身体を動かす方が好きだった。

けれど、本を取り扱う委員会に所属したままだったのは、一つ上の先輩に憧れていてああなりたいと思っていたからだった。

今は先輩を追いかける事すら許されない。

経と供に、天の国へと飛ばされてしまえばよかったというのに、なぜこの地上に残されるのか。

心残りなんて、なんて?

たくさんあるに決まっているだろう。

特に本を読まなかった事だ。

毛嫌いしていた本だが、あの声で読んでもらえるのは心地よかった。

今では聞く事すらかなわない。年齢的にあの先輩はもうあの声ではないだろうし、会えないのだ。


「昔々あるところに」


あの時の声を真似て、先輩が読みあげてくれた本を朗読する。

内容なんて見ていなかったが、声は覚えている。声とともに文もバッチリだ。

疲れて疲れて暇で暇で。

毎日毎日繰り返す御釈迦話。

時たま兵法や、忍たまの友を読みあげてくれる事もあったからそれを交えて。


あぁあぁあぁあぁ


「話に飢えている」


先輩の声ばかり響く世界の中で、先輩の話がめぐりめぐる。

けれどもう疲れてしまったよ。新しい話を聞かせておくれ。


先輩、せんぱい、この本を読んでください!


図書室で言うその言葉に、照れながら頷いてくれたあの人は何処。


「…ぼくで、よければ…」


「…お前誰だ」


「二ノ坪怪士丸と言います…あの、いつも先輩がここで朗読してるのが面白くて…」


つい聞いてしまってたんです。

痩せ細った少年が、綾瀬に話しかけた。

どうやら聞かれていたらしい。

化け物になってしまってからは誰も俺の言葉なんて聞こえていないと思っていたから驚いた。

驚くのは何時振りだろうか。

いや、それよりも


「なんでもいい、覚えている話を聞かせて欲しい」


俺は新しい話が聞きたいのだ。暇で暇で疲れてしまうほど暇なこの世界に、物語は大変重要なものである。

くだらない話でも構わない。何でもいいのだ。


「…はい…じゃあ、一寸法師を」


嬉しそうに笑って物語を紡ぎだす少年は、俺の事は怖くないのだろうかと思いつつ話を聞く。

あぁあぁ

一寸法師は懐かしい。とてもだ。

先輩が、「明日、実習から戻ってきたら」そう言ってくれた本だった。

こんな内容だったのか。

本の読み方なんてわからない。図書室にこもっても字は読めず。勉強をしようにもアルバイトがあって何もできなかった。

家が貧乏だったのだ。少しでも足しになればと、足しを作らなければ俺は学園に居られなかった。

一寸法師のように戦って、姫でも貰い受ける事ができれば俺は…いや、考えるだけ無駄な話だ。


「…どう…ですか?」


「良い話だった。怪士丸、一年生なのによく話を覚えているな。すごいぞ」


後輩をほめる事は叶わなかった。

委員会が同じかはわからないが、気分がよいので褒めてやろう。

実際読みあげ方もうまかったのだ。これは褒めねばなるまい。こうして話せるだけでもすごい事だ。褒めずに後悔などはしないに限る。


「…ありがとうございます…中在家先輩にこの間教えていただいたんです…」


「…そう、か。長く話させてしまった。もう遅いから怪士丸は学園に帰るべきだ」


井桁模様。これは一年生のものだ。

暮れ六ツ。こんな時間まで学園の外にいては危険だ。

といってもこの場所は学園の近くである。門から出て四半刻行かない程だ。

今から帰らないと完全に日が暮れるだろう。


「…先輩は帰らないんですか?」


「俺は…」


首を傾げて俺を見る怪士丸に、どうしようかと口を噤む。

もしや、話しかけてきたのは俺が化け物だと気付いていないからなのだろうか。

腕からは骨が見え、体中血だらけだ。

…そういえば、幽霊等は綺麗な姿で出てくる事もあると先輩が話していた。

それかも知れない。

死んでいるのに気付いていないのだったら、学園までついていった方がいいだろう。

門の中には入れないだろうが、弾き出されたらあとはどうにでもなる。

ここいら周辺を徘徊できるというのは知っているのだ。


「帰ろう」


「…はい」


二人で供に学園へと向かう。


「…先輩は、なんという名前なんですか?」


「唐木田綾瀬と言う。覚えなくとも良い」


教えない方が良いかも知れない。

そう考えたが、問われて教えないのもなんだか気まずい。


「どうかしたか」


「いえ、なんでもありません」


「そうか」


学園が近づくと、怪士丸に手をつながれた。

触れる事ができるのかと、首をかしげつつ、供に学園の中に入る。

…入れた。何故だ。

まぁいいだろう。気にしても仕方のない事だ。


「綾瀬先輩…」


「なんだ」


「…五年は組、です」


学園の中でそっと手を離され、笑いかけられる。

言われた言葉を考え、一つ頷いた。


「今日は久しぶりに、楽しい一日であった。とても疲れた。だから教室に帰る」


一瞬だけ怪士丸を抱きしめる。

嬉しかった時の表現を口でしても、淡々としてしまうのだ。

わかりにくいと怒られ、こういう風にしろと友人に言われていた。

ぱっと身体を話し、五年は組の教室へと向かう。

五年生の教室へはあまり行った事がなかったが無事に辿り着く。

通り抜けると、中には先客がいた。


「「あー」」


「生物二人か」


気が抜ける喋り方の二人が、いつもの席に座っていた。

わたわたと話しかけてくるが、それを無視して席に座る。


「ああ、疲れたなぁ」


だが、この疲れ方は嫌いじゃない。

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