ぼくは生物委員
シクシクと泣いている音が聞こえて、ぼくは足を止めた。
いや、足なんて正直動かしていないのだけれど、悲しそうで、寂しそうで、聞いているぼくも寂しくなっちゃったんだぁ。
「きみぃ、どうしたの?悲しくなっちゃったの?」
「ひっ!?」
「あ、びっくりしちゃった?ごめんね。見られたくなかったかなぁ…ごめんね」
ビクリと身体を揺らして、一歩ずり下がる一年生と思わしき少年に苦笑いを浮かべる。
ぼくお化けだから、怖いかもなぁ。
やっぱり声かけなければよかったかなぁ。
そう思いながら足をその少年から遠ざけようとすると、ぎゅっと服の裾を掴まれた。
…あれぇ?さわれるってことは、この子生物委員かなぁ。
前に一度だけ、赤い蛇を探していた後輩を手伝った事がある。その時に、友人の話をされて、ああ、元気なんだなぁともう死んでいる友人の事を懐かしんだものだ。
「待って下さい…僕、迷子になっちゃって…孫次郎ともはぐれちゃったんです!!あと…」
「…そうかぁー。それは悲しいねぇ。その子も、辛いねぇ」
孫次郎という友達を探しているらしい少年は、腕にもげたウサギを抱えていた。
血なまぐさいウサギ。
学園で飼っていたウサギが逃げて、それを探していたのだろう。そして見つけたら死んでいた。
よくある話だ。
ぼくも何度も泣いた。悲しくて悔しくて、逃がさなければよかったって。
こんな血のにおいを垂れ流していたら、ぼくみたいに狼に食べられちゃう。
それはいけない。あれって痛いんだぁー。ほんとにね。
「孫次郎くん?ねぇ、もしかしたら学園に先に戻って、きみの事を待ってるかも知れないよぉ。ウサギくんも連れ帰ってあげよー?」
「…僕の名前、一平です」
「そうかぁ、一平くんね。いこっかー」
一平くんが抱えていたウサギを取り上げて、にこりと笑う。
涙を振り払うように、ぷるぷると顔を振ってから一平は立ち上がった。
「ウサギくんもね、見つけてもらえて嬉しかったと思うんだー」
「…そう、でしょうか。僕は、僕は見つけてよかったのかな」
「うん。だって、愛してもらってたのがわかるでしょー?たとえ痛くってもね、そのあとに大事にされるとわかるの。だから、一平くん。ご飯は食べたあとごちそうさましなきゃ駄目だよぉ」
「うさぎ、食べるんですか?」
「この子は食べれないよ。どの動物にやられたかわからないから…食べたら危ないしなぁ。学園に狼いるでしょぉ?食べてもらお」
ひとなで、ウサギをさわる。
正直さわっているかどうかの感触はわからない。
「ただのたれ死ぬのはね、悲しいよぉ。意味のある死って、とっても大事だとぼくは思うんだー」
みんなと戦って、誰かを守りながら死ぬ。
あれはとっても怖かった。けど、ぼくはアホだから、みんなを守りながら死ねてよかったって、そう思ったんだ。
「だからね、きみが孫次郎くんでしょう?怖い顔しないでぇ」
「……怖くないです…普通の表情です…」
「顔色悪いのが標準装備なんだねぇ」
歩いている途中に見えた、ぼくたちを見ている影に声をかけたらやっぱり孫次郎くんだった。
初めましてなのに、ぼくすごい。
「孫次郎!はぐれないでよ」
「…一平が僕からはぐれたんだよ…理不尽だ」
「仲がいいねー。学園までもう少しだから、早くいこ」
森が動き出しているのを感じる。やな予感。
二人を急かして、先を急がせる。
合流できた事に安心したのか、足取りが遅くなってきちゃってる。
「これはやばいかもなぁー」
一年生だもの、こんな小さな音はわからないよね。ぼくもわからなかった。
お化けになってからわかるなんて、正直もっと早くにわかるようになりたかったよねぇ。
「ねぇ、二人ともー」
「はい、なんでしょう?」
「……なんですか…?」
「学園に、竹谷八左ヱ門って先輩いない?」
「はい!竹谷先輩はとっても優しいんですよ!」
「そっかぁ、いるんだー」
「…竹谷先輩のこと、知らないんですか…?」
「ううん…知ってるよ。とてもねぇ」
不審そうにぼくの事を見てくる孫次郎に笑いかけて、じゃあこれ使えるやーと首元にぶら下げた笛を鳴らした。
カッスカスの音。一音しか出ない。
けど八左ヱ門は気になってやってくるだろーなぁ。
「い、いきなり鳴らさないで下さいよ!」
「…耳が痛い…」
「ごめんねぇ、ちょっと必要だったからさー」
人間の足音と、それ以外の足音。
それ以外の足音が聞こえてるんだろうねぇ。人間の方の足音は騒がしーよ。
学園が近づいてきてるし、正直呼ばなくっても大丈夫かなって思ったんだけど…危ないからねぇ。
「あ、門が見えた!」
「…あ…竹谷先輩…」
「早く学園にはいろーぼく疲れちゃった」
ぼくの声かけに頷くように、二人はまた歩き出す。
二人に向かって、八左ヱ門はかけよってくる。
…よかったぁ。八左ヱ門の足音で、狼は森に帰るみたいだ。八左ヱ門は、もう強い奴なんだねー。
「一平!孫次郎!!」
「?竹谷先輩、どうかしたんですか?」
「どうって…いや、なんでもない」
「…竹谷先輩、うさぎが死んじゃったんです…今先輩に持ってもらってて…」
「…先輩?持つ…ぇ?」
ぼくの存在に今気付いたらしく、八左ヱ門は見事に固まった。
それに笑いかけて、ぽいっと八左ヱ門の手の中にもげたウサギくんを放り込む。
「いやー血なまぐさいねぇ。八左ヱ門、これあげるよー」
「だ、駄目ですよ!先輩呼び捨てにしちゃ!」
「あはーごめんねぇ」
「…先輩血だらけですね…井戸行かないと」
ぼくの服に付いた血について言っているのだろう。孫次郎に血を落とす事を進められた。
学園に入れるという情報は随分前に赤い蛇の子に聞いているので、一回くらい入ってみようと頷いて、固まっている八左ヱ門の横を通り過ぎて学園内に入り込む。
「竹谷先輩も、早く入りましょう!…竹谷先輩?」
「…竹谷先輩…どうかしたんですか…?」
「…綾瀬…?」
「今の先輩綾瀬先輩って言うんですか?」
「…そういえば…名前聞き忘れてたなぁ…」
まぁ、この血は僕の血だから取れないけど。
暇だし、教室行ってみるかなー。
水色が井桁模様だから、ぼく今五年生だー!よし、五年の教室に行ってみよう。
するりと入りこんだ五年は組の教室には、生物委員の友人がすでに居た。
「おぉ!久しぶりだなぁ」
「そーだねぇ。久しぶりー」
「誰かにあったぁ?」
「八左ヱ門ー!覚えてる?ぼくの幼馴染ー」
「覚えてるも何も、私竹谷と同じ委員会だったぜぇ…私は善法寺伊作先輩に会ったぁ」
「懐かしー!」
いつもと同じ、とある席に座って、隣に彼がいない事が少し寂しかった。
彼は図書委員だったなーその割に本嫌いだったけど。
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