悲しませないで




一平と孫次郎は学園の外に出ていた。

飼育小屋に入れていたうさぎが逃げてしまったからだ。

逃げた時から延々と追いかけていたら、いつのまにか森の奥に入っていた。


「ねぇ、孫次郎!こんな奥にはいないんじゃッ…孫次郎?」


二人で一緒にうさぎを追いかけていたはずなのに、いつのまにか孫次郎はいなかった。
…まずい。

一人でこんな奥にまで出かけた事はない。

一平は一年い組だ。

休日は学園の中で過ごす事が多いし、実習も進んでいないため学園の中。

外になんて滅多に出ない。


「孫次郎…どこにいったの?」


うさぎを追いかけている時には全く怖くなかったが、一人だとわかった途端不安になる。

一人だなんて思わなかったからこんな山の奥に入ったのだ。

怖いに決まっている。

それに、自分がどこにいるか正直わからない。

闇雲に歩き回っていたからだろう。そして、今も歩き続けているので更に迷っている気がしなくもない。

けれど立ち止まるのが怖くて、草木を避けつつ歩いていた。


ぶ、ぶ、ぶ


小さくうさぎの鳴き声が聞こえた。

うさぎは豚のような鳴き声を出す。

一平は虫よりもうさぎの方が好きだったので、きちんと鳴き声はわかっていた。


「こっちかな…」


鳴き声が聞こえた方に足を進める。

うさぎは、忍術学園に来てはじめてさわらせてもらった動物だ。

あったかくってやわらかい。

見つけて、抱きしめたらこの不安な気持ちは飛んでいくだろうと駆け足になった。


そこで見つけたのは、大事に育てていたうさぎの残骸だった。


「…ぁ」


叫べない。

だって、え、だってこの子は僕が育てた子だもの。

叫んだら、叫んだら駄目。

気付いたら一平はうさぎを抱きしめて泣いていた。

まだ温かい。

温かいけれど、寂しい。悲しい。


「きみぃ、どうしたの?悲しくなっちゃったの?」


「ひっ!?」


悲しみにくれていると、一平より少し年上の人に声をかけられた。

ビックリしてあとずさる。

完全に油断していた。

警戒する一平に、その人は苦笑いを浮かべて立ち去ろうとする。

(…ここでいなくなられたら僕帰れなくなる!!)

なぜかそう強く思って、その人の服を引っ張った。

忍術学園の先輩だからというのもあったんだと思う。普段の僕だったら絶対に引きとめたりしない。

途中で孫次郎も合流して、その人と一緒に、学園に帰った。

学園の近くに行くと、なんでかわからないけどその人は耳障りな笛を吹いて…そしたら竹谷先輩がきてくれた。

…竹谷先輩、その人を見てからなんだか顔色が悪いんだけど、どうかしたのかなぁ。


「綾瀬先輩、悪い人には見えなかったけど」


孫次郎に言うと、いつもと同じ笑い方をしていた。

表情が固定されていてよくわからないけれど、たぶん同意してるはず。




孫次郎は一平と二人で学園の外にうさぎを探しにきていた。

うさぎが逃げてしまったとなったら、もう食べられているんじゃないかなぁ。と考えつつ、うさぎを一生懸命追いかける一平に付き合う。

必死に追いかける姿は、竹谷先輩を思い出せて少し面白い。

しばらく山を進んだあたりで、孫次郎は違和感を感じた。

孫次郎は、ある程度は外に出る。

学園の中に侵入してこない虫を探したりするのが地味に好きだからだ。知っている人は少ない。

だからだろうか。

これ以上先に進むのは怖いと立ち止まってしまった。


「…一平…これ以上は…」


危ないんじゃない?

そう告げようとしたのに、いつの間にか一平は目の前からいなくなっていた。


「…困ったなぁ…」


たぶん、一平は山から学園に戻れない。

かといって、これ以上進むのは駄目な気がする。

こういった勘は信じていいと、孫次郎は思った。

学園に戻るべきか、ここまで一平が戻ってくるのを待つか。


「…とりあえず…日陰ぼっこ…」


怖くないと思える場所まで下がって、しゃがみ込む。

日が暮れる少し前まで。

それまで一平がくるのを待ってみよう。

耳を澄ませて、目をつむる。

音が聞こえるのをただひたすら待った。


がさり


物音が聞こえた。

ぱっと目をひらく。

よぉく目を凝らして見ると、一平と誰かが歩いてくるのが見えた。

誰かわからない。恰好からして二年生だろうか。でも、僕あんな顔の二年生見た事ない。

一学年上だもの。見ればわかる。

…あの人、だれ…?


「だからね、きみが孫次郎くんでしょう?怖い顔しないでぇ」


じぃっと見ていたからだろう、気付かれていたようで話しかけられた。

誰かはわからない。

…けど…この人は怖くない…

竹谷先輩みたいに、後輩を優しく見る目だ。

うさぎは、予想通り死んでいた。

正直、この先輩の案内がなくても学園には帰れる。

…でも、僕の勘が言ってる…この人から離れたら駄目だ…

だから一緒に学園まで戻る事にした。

学園につくちょっと前に、すごくうるさい笛鳴らされたけど、それが鳴った瞬間から怖い感じがなくなったので別に文句は言わない。

けど…


「…竹谷先輩…」


竹谷先輩が悲しそうなのはいただけない。

綾瀬先輩…竹谷先輩になにをしたんだろう…竹谷先輩は、生き物が死んでしまった時くらい悲しそうだ…。

僕の先輩を悲しませるなんて、ちょっと酷い。


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