その声は感情を揺さぶるから(久々知兵助)
「兵助、どうかしたか」
感情の抑揚がない声に、何も声をかけられず口を噤む。
幼馴染は、声変わりをした途端に声を固定してしまった。
俺が一度聞いてぶっ倒れてしまったからだろう。
それが悲しくて、兵助は幼馴染に声をかけられるとそっけない返事などしか返せなくなってしまった。
元は兵助がいけないのだ。
新しく変わった綾瀬の声に、欲情してしまった。
とても響く、美しい声だったのだ。
けれど、今はその美しい声は一切出されずに淡々とした声色で喋る。
綾瀬の感情の全てを覆い隠す声に、本当に綾瀬が何を考えているのかわからなくなってしまった。
喜怒哀楽全てがわからない平坦な声。
その声は嫌いではないが、何も感じられない声は変に感情を揺さぶられる。
たった一言でも、一瞬でも綾瀬の気持ちがわかるような音になったら。
「なんでもない」
「…そうか」
そんな音をまた出してもらえたら、自分はどうなってしまうのだろうか。
今のこの声でもこんなふうに感情が飛びまわる。
もう一度、綾瀬に名を地声で呼んでもらえたら。
そして、その時に死ぬ事が出来たら。
それはとても幸せな事なのではないかと考えて、兵助は悲しくなった。
歪んだ考えだ。
この歪んだ気持ちも自分のものなのだ。しっかりと受け止め、兵助は歪んだ気持ちを心の奥底にひっそりと置く。
「」
出す事もままならないその気持ちは、一生抱えるべきだと抱きこんだ。
[ 67/68 ]
[*prev] [next#]