寝ぼけていると、
俺が庄左ヱ門と出会ったのは、クラスの合同演習である。
くじで決められた番号がかさなって、自己紹介をして、普通に演習を終えた。
終了
そこから、会うと挨拶をする程度の仲になり、同じ委員会の二郭が庄左ヱ門の同室であった事が関係して所連絡を交わすようになった。
別にこれでは普通の学生生活であるので、俺にとって全く問題はなかったのだ。
普通に普段通り話をして、普通に「じゃあまた」と手をあげて普段通り俺はその場から去ろうとした。
いや、だってクラスの奴らがは組と話をしていると煩いんだ。
そういう面倒な事があるので六年間変わらないクラスメイトと仲を違えると面倒だし、他のクラスの奴とは長いこと話さないようにしている。
「僕、綾瀬の事が好きなようなのだけれど、これは持続的なものだと判断したので付き合ってくれない?」
「…え?うん?どういう事?」
後ろを向いて歩きだした時に、言われた言葉に思わず振り返る。
どういうことだ。
「反応は悪くないし、了承と取っていいよね。じゃあまた」
こくりと頷いて、去っていく姿を呆然と見送る。
…うん?了承?え、つまり俺、黒木と付き合うってこと?今から?
「この年でそういうことは早いんじゃ?」
そもそも、俺了承してないし、なにこれ。あいつ強引じゃないか?
といった感じで、訳がわからないと首をかしげて数日。
とくに何もなかったので、黒木は寝ぼけていたんだな。と解釈して普通に過ごした。
委員会に出ると、たまたま居た二郭に「庄ちゃんと会えよ!」といきなり怒られた。
たまたま居たという訳ではなく、待ち伏せしていたらしい。
訳のわからない状態に戸惑っていたら、久々知先輩が「伊助が綾瀬の代わりに作業するそうだ」と言ってきたので、素直に黒木に会いに行くことにした。
仕事は取られてしまったし、宿題はすでにやり終えている。重たい火薬の整理よりも、人と話す方が体力的に疲れなくていい。
たとえそれが、前に寝ぼけて俺に告白してきた黒木に会うためであっても、別にそっちの方が疲れないだろう。精神は丈夫なので問題ない。
い組の嫌味合戦に慣れている俺だ。は組のやつが何を言ってきても突拍子のないもの以外だったらダメージはない。
寝ぼけて告白したことを気にしているのだろうか。とぼんやり思いながら、二郭に指定された校庭の奥の方の木陰に行くと、本を読んでいる黒木がいた。
「は組も本を読むんだな」
なんて声をかければいいのかわからなかったが、普段通りでいいだろうと口を開いた。
バッと効果音がつきそうな速さで顔をあげた黒木に若干びびる。どうしたお前、やっぱり寝ぼけたことを気にしてるのか。
「綾瀬…あの、どうかした?」
「どうかした?って言われても、俺は二郭に黒木に会いに行けと言われたから来ただけなんだけど…なんか用事あった?なかったら俺図書室行きたいんだけど」
か細く声を出す黒気に、なんだか悪い事をした気分になる。
言っておくけど、黒木の事をいじめたことはない。そもそも俺はイジメをしない主義だ。めんどくさいからな。
黙り込んで何も言わない黒木に、ガリガリと頭をかく。
「あー…図書室行くな。俺」
「ま、待って」
「いいけど」
踵を返して、図書室に向かおうとしたところをひきとめられる。
引き止められるのは別に構わない。何か話したい事があるんだろうなぁというのがわかるからだ。
つまり用事があるってこと。聞いた方が良い話は聞くに限る。
口を開いたり閉じたり、何度か繰り返した後に、黒木は喋り出した。
「…僕、綾瀬に告白しただろ」
「ああ」
「綾瀬は、どう思ったのか聞かせて欲しくて」
「どうって…寝ぼけてたんだろうな、と。」
「…やっぱりそう思ってたんだ。寝ぼけてないと仮定してさ、綾瀬はどう思ったの?」
真剣な眼差しで見られて、うっと目をそらしたくなる。
いや、別に。
正直何にも考えていなかったというのが正解だ。
俺は考え始めて直ぐに、黒木が寝ぼけていたと思った。そこから何も考えていない。
けれど、何にも考えていないと言ったらいけない気がするので、い組の中では最下位の脳みそを捻くり回す。
「まだ、年齢的には早いのではないかと。気持ち的には、黒木は友人に値する程度に仲がよいとは思わないが、普通に仲良くしたいとは思っている」
「そっか」
「…黒木の反応からして、あれは本気だったんだろうなぁってのは今わかった」
あまり顔に出ていないが、目に見えて落ち込んでいる姿を見て気まずい気分を隠せない。
いや、だってなぁ…元々の話。俺と黒木は話すと言っても所連絡を交わす程度だったし、どうしてこういう展開になったかも俺自体つかめないのだ。
けれど、この気まずい空気はどうにかしたい。
「あのさ、黒木。友達になろうぜ。お前は俺の事を知ってるかも知れないけど、俺はお前の事を知らないし」
「…うん。そうだね。基本的な恋愛小説にも、まずはお友達からって書いてあるからね。僕はステップを踏み間違えていたみたい」
苦笑いを浮かべた黒木の言葉は、俺の事を諦めないと暗に言っていた。
…まずどうやって俺に惚れた。意味がわからない。
言葉を否定すると面倒なことになりそうだったので、一つ頷く事にした。
「まぁ、よろしく。ってことで、俺は図書室に行くから」
ああ、すっきりした。と足を進め、図書室へと向かう。
黒木と話もしたし、これで二郭には怒られないだろう。楽だ。
い組のクラスメイトに叱られないために、ある程度は本を読んでいないと面倒なのだ。
なんてったって、テストの点数が悪いとい組の総合成績が下がってろ組にうっかり負けてしまう。
負けてもいいじゃん。と思うけど周りはそう思っていないので勉強する義務が暗黙のルールであるのだ。面倒だが本は嫌いじゃないので、楽しんで読んでいる。
「あれ、黒木も行くのか?」
「あの会話で、すらっと図書館に向かえる綾瀬の感覚がよくわかんないよ。僕も行く…今読んでる本、もうすぐ読み終わるからね」
後ろを慌てて追いかけてきた黒木に、そうなのか。と首を傾げ、二人で図書室へ。
話をする訳ではなかったが、居心地は悪くなかった。
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