こんな喧噪の中でさえ(尾浜勘右衛門)



雑踏に紛れ込む喧嘩の音に、時折笑顔を見せながら歩く。

喧嘩の音すら聞こえないような町はつまらないとばかりに、にこにこ笑って先輩は俺の手を引いた。

女装実習で、女の格好をした俺に先輩は気付いているのだろうか。

先ほど、酷くつまらなさそうに俺をナンパしてきた男たちを相手していた姿を思う。

こんなうどんみたいな髪をした女は滅多にいないから、どうせ俺だと気づいているのだろうけれど、先輩は丁寧に名前を聞いてきた。


「お嬢さん、名前はなんというの?」


「お浜です」


「そう、お浜さん。人の多いところまで一緒に行こうか」


毎回毎回適当すぎる女名に、特に反応も示されなかったのも微妙な気分だ。

尾浜だから、お浜。呼ばれて直ぐに気付くからいいのだけれど、安易すぎるだろう。

手をつないで路地裏を抜ける。そのまま人ごみに紛れ、いつになったら手をはなすのだろうと首を傾げた頃に先輩は小さく呟いた。


「お浜さん。女性なのだから、喧嘩しようとは思ってはならないよ」


「は、はぁ…」


「足を出したら、仮初の姿なんて直ぐに見破られてしまうさ」


「!…はい」


「いらついても成りきらないと」


小さくても聞き取れる注意の言葉にうまく返事が出来ない。

女装していても途中からおざなりになってしまうのは、俺自身気が付いていた。だからこそ気まずい。


「今からやり直してきなさい。課題は夕刻までだろう?」


にこにこ笑って、会話を楽しんでいますという風に外からは見えるだろう。

俺からするとひんやりとした汗が出てくるくらいだ。

委員会の先輩に自分の女装諸々注意されてやり直し指定されるって、これ失敗したら俺、結構やばいんじゃない?


「はっはは、はい!」


「じゃあ、行っておいで」


ひらりと蝶をはなすように、優しく俺の手をといた先輩にぺこりと女性らしくお辞儀をして喧嘩の音に向かって歩く。

一歩進むごとに、俺は女、俺は女!と呪文を脳内で繰り返した。


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