耳を塞げども効果はなく(竹谷八左衛門)
どくりどくりと繰り返される音の連鎖に、何もできずに立ち止まった。
あの人を見るといつもこうなる。
一目見るだけで、音はどんどん大きくなっていって、次第に何も聞こえなくなってしまうのだ。
そういう時はじっと立ち止まって何もしないで動かない。
そうすればいつのまにか音は小さくなって、動けるようになるのだ。何も聞こえないまま行動してもミスするだけだから、ちょうどいい。
ふぅ。と小さく声を出して、心の臓を確かめる。
俺の心臓はまだ動いている。
恋をしたら心臓が動かなくなるなんて、そんな馬鹿な。と思うけれど、俺自身は動かなくなってしまうのではないかという恐怖にかられる。
遠目で見るだけでこんな状態。
近くで声なんてきいてしまったらしばらく動けなくなる。
そんな俺を見て、先輩はいつしか近づかなくなった。用がある時以外は無接触。
心臓にはいいけれど、いかんせん寂しいような気もしてならない。
けれど、
耳をふさいで、目をとじて。
あの人の事を考えるだけで心地が良い。
毒されてしまっている。上級生にもなってこんな状態だなんて、誰に聞かれても叱られるにきまっている。
それに、竹谷らしくないと言われそうだ。
自分の性格でこんな生娘のような考え方をするなんて、恋とは恐ろしいもんだ。
思い浮かぶのは、先輩の顔。
「好きです」
ぱっと耳から手をはなして、目をあける。
思い浮かんでいた先輩の顔は目の前にはなく、遠くに先輩の影が見えるだけだった。
小さい声で呟くだけで伝わっていたら。とは思わない。
叶うはずもない恋だ。
もし叶っていても、恋心を俺自体が扱えるとは思えない。
うるさいくらいに聞こえてくる先輩の声や、自分の音に耳をふさいだ。
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