私は生物委員



ふらふらと歩きまわる音と、不安そうな声が聞こえた。

この時期、山賊が出るというのを知らないのだろう子供の声。

ここいら辺は危険だと。そう伝えようと思ったけれど、私は別に見えるものではないのでどうしようかなぁと立ち尽くした。

けれど、声をかけられたことで気がつく。


生物委員だ。


定期的に、そう。一年に一度くらい出会う。私が見える忍術学園の子はだいたい生物委員だった。

生前生物委員だったからなのだろうか。と思っているのだけど、そうでもない事も分かっている。

佐武という子に腕をひかれて学園に。

そのまま無理やり引きずられて、保健室に。

保健室の中に居た生徒に、ホッと息をついた。

一瞬目を見開いた相手に会釈すると、相手は私ではなく佐武と夢前を見た。


「いらっしゃい。どうしたんだい?そんなに慌てて」


「善法寺伊作先輩!唐木田、先輩が血だらけで…!」


「あ、えーと…虎若!」


ぐいっと佐武に手を引かれて、保健室の中央に出される。

焦った様子の夢前の頭に手を乗っけてほほ笑んだ。部屋の中はもう夜で暗いから私の表情なんて見えないだろうけれど雰囲気でわかるだろう。


「ここまで送ってくれてありがとなぁ。あとは善法寺先輩がどうにかしてくれるだろうから御戻りぃ」


「虎若、あとは善法寺先輩に任せよう。ね?僕たち竹谷先輩にキミコの事を報告しに行かなきゃいけないから」


「あっ忘れてたッ!善法寺先輩!唐木田をよろしくお願いします!行こう三治朗!」


「うん。善法寺先輩、唐木田先輩、失礼しまーす!」


バタバタと音を立てて走り去っていく二人を見送って、頬を引きつらせている善法寺先輩に苦笑いを浮かべた。

先輩に会うのは何年ぶりだろう。もう年数がどのくらい経過したのかわからなくなってきている。


「先輩大きくなりましたぁ?」


「唐木田はまったく変わらないね」


「変わっていたら恐ろしいでしょぉ」


「変わらないでいられるのも中々恐ろしいよ」


記憶よりも随分身長が高くなり、声は低くなった善法寺先輩に、時がたつのは早いものだなぁとのんびり思う。

時間はたっぷりあるのだから急いでも仕方がない。


「血だらけじゃないか…おいで。手当てするから」


「意味ないですよぉ?もう痛くないんですからぁ」


「僕の気が済まない。まず手からかな」


言われたとおりに手を出して、綺麗にまかれていく包帯を眺める。

ああ、先輩巻くのうまくなったなぁ。前はボロボロだった。

不器用な人だったから、三年生だったあの時も巻くのは焦ると本当に下手くそで。けど一生懸命だったから何も言えずに黙って巻いてもらっていた。


「一番傷が浅い手にしたのは予算削減ですかぁ」


「どこからやっても変わりはないだろう?最終的にすべてやるさ」


「お金もったいないですよぉ」


「この包帯は使い古しの褌だから大丈夫。薬は期限切れだ」


「そりゃ…生きてる生徒にはやらない方がいいですよぉ」


「…そうだね。流石にやらないさ」


くしゃりと顔を歪めた先輩に、やってしまったと宙を見た。

死んでしまって数年たっているから私は吹っ切れているけれど、一生懸命最後まで看病した身になれば辛いかもしれない。

気まずい気分になって、手早く巻かれる包帯をジッと見つめた。

霊体であるのに、善法寺先輩は私に触れられるんだなぁ。今更ながら不思議な事だ。


「唐木田は…これからどうするの?学園内に留まるのかい?」


「うぅ〜ん…一度だけ学園内に入ったことがあるんですよぉ。けども十日くらいで追い出されてしまうんですねぇ」


何年前だっただろうか。生物委員の赤い蛇を首に巻いた子に引っ張られて学園内に入ったのを思い出す。

保健委員の派手な髪色の子に気絶されて、気まずくて学園内から出ようと思った時に出れず、けれど十日経ったらいつのまにか外に出ていた。

死んだ時には葬式の御経と供に外に追い出されてしまったので、御経がないと出られないと思っていたから少し驚いた。


「驚かせてしまうと可哀相なのでぇ…は組の教室にでも行こうと思ってるんですけどぉ」


「…二年生の教室に行ってはダメだよ?五年は組の教室に行ったらいい。緊急の会議に使われたりするから一応机はあるよ」


「私って今五年生なんですかぁ?」


「僕が六年だからね。今は保健委員長なんだ」


「へぇ…そりゃ…善法寺先輩不運が強くなっていそうですねぇ」


「ジンクスだからね。仕方ないさ」


諦めたように宙を眺め始めた先輩に少し笑って、手当ての礼を言ってふらふらと教室を目指した。


「五年は組…ここかぁ」


扉は開けれないので、するりと抜けて、懐かしくもなんともない。初めて入る教室に並べてあった机の、とある場所にちょこんと座る。

私は二年…いやぁ、五年は組の生物委員。もう一人生物委員が居たけれど、あれは元気にしているだろうかぁ…いや、死んでるから元気じゃないかなぁ。

昔と同じように並べられている机に頬をついて、周りに誰もいないのを寂しく思った。

出席を取ってくれたあの人はいない。

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